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2017年5月24日水曜日

ハンナの祈り

先日の母の日礼拝(日曜)の
メッセージが

第一サムエル記のハンナの話

でした。


ハンナといえば「不妊の女」で
夫の寵愛を受けつつも子どもが与えられず
それ自体も辛いし、もう1人の夫人にはいじめられるしで
宮で、酔ったように泣いて祈ってた・・・女性です。

祭司も「大丈夫か?」と思うほどの
彼女の祈り・・・

「万軍の主よ、まことに、はしための悩みをかえりみ、わたしを覚え、はしためを忘れずに、はしために男の子を賜わりますなら、わたしはその子を一生のあいだ主にささげ、かみそりをその頭にあてません」(口語訳)

そして、その後
ハンナは願い通り、子どもが与えられ、

その、やっと与えられた子どもを

神様に祈った通りに

主に捧げ、祭司の元に預けます。
それが、サムエル、です。


ふと、

私は自分の願うものを「主にささげますから」と
祈ったことがあったかな・・・
と、自問しました。

それ以前に、祈る時に、自分のことを神の前で「はしため」と
本当にへりくだっているかな・・・
神様の権威を認めて、祈っているかな・・・
と、思わされました。



たとえば、

「この結婚、主におささげしますから、わたしをあわれみ、与えてください」
って、祈れるかな・・・

ささげる、ってどういうことだろう。

少なくとも、ささげたら、私の手のうちにはない、ってことですよね。
じゃあ、私が思ってたようにならなくても、構わないってことですよね。

でも、ささげる先が神様だから、
神様は絶対悪いようにはされないから
そこは信頼していいってことか・・・。

それが、「主におささげする」ってことです・・・かね。



ふと、

どうして自分の手のうちに残らないのに
ハンナは子どもを祈り求めたんだろう・・・

と思いました。


ハンナが欲しかったものは、
子どもそのものではなくて
もっと言えば、子どもをもってる自分、ではなくて
神様は自分を顧みてくださる、という
神様と自分の関係…神様の栄光…
だったのかもしれない。
もっと言えば、「神は生きておられる!」という
実感だったのかもしれない。

神様は、どうしてハンナに長い間
子どもをお与えにならなかったんだろう?
もしかしたら、
ハンナの祈りを、待っていたのかもしれない。


そんなふうに思い巡らしました。


その後の、ハンナのこと・・・
ご存知ですか?

サムエル記を読み進めたら

なんと、サムエルをささげた後
「こうして主がハンナを顧みられたので、ハンナはみごもって、三人の男の子とふたりの女の子を産んだ。」

ハンナ自身のために、子どもが5人も与えられたんです!

神様は、ちゃんとハンナ自身の人間的な願いと問題にも応えてくださった!
これを読んだ時、
本当にうるっときました。


私たちが、ちゃんと神様に向き合った時
神様は何倍にもして祝福してくださるんだと
あらためて教えられました。


だから、

やっぱり、

大切なものこそ、まず主におささげする、
ということを、心に留めていきたいですね。


これを前提に、以下の聖句を読むと、
また心に染みます。


主に信頼して善を行なえ。
地に住み、誠実を養え。
主をおのれの喜びとせよ。
主はあなたの心の願いをかなえてくださる
あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。
主が成し遂げてくださる。」(詩篇37)

「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。
あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。
主は近いのです。
何事も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、
あなた方の願い事を神に知っていただきなさい。
そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が
あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます」(ピリピ4:5-7)


=お知らせ=
CCM交わり会を開催します。

(すでに10名近く参加エントリーが来ています♪)

20〜50歳くらいまでの若き(?)クリスチャンの集いです。

クリスチャンの結婚、婚活、クリスチャンライフなど、
同年代で話したい、でもなかなか話せない、ことを
ゆったりまったり分かち合い、交れたらいいなと思います。

簡単なドリンクとデザートをご用意してお待ちしています。
(差し入れ、大歓迎)

日時:5月27日(土)14:00~16:00(予定)

場所:北方キリスト教会別館<しおん館>
(岐阜県本巣郡北方町芝原東町1-10)
電車でお越しの方は、JR穂積駅へ送迎します。事前にご連絡下さい。

参加者:20〜50歳くらいまで独身クリスチャンの方、求道中の方、カップルの方、既婚クリスチャンの方、
是非お越しください♪

参加費:500円

お申込みはこちらから↓


2017年5月22日月曜日

結婚とケーキ

結婚って



出来合いのケーキを買うんじゃなくて

ケーキの材料を買うようなもの



じゃないかと、ふと思ったのです。


出来合いのケーキの中で
あれがいい、これがいい、それが好み
と選ぶように
理想の結婚の形とか、完成されたようなパートナーを選ぶ

というよりは



お互いとか、環境とか、要素というケーキの材料があって
そして、ケーキを一緒に作っていく

という感じ



だから、味は作る2人次第
美味しいケーキになるポテンシャルを秘めた素材であればいいし
そのポテンシャルを引き出し、素材を活かすのは

やっぱり、作り手次第。



私にとっては、婚活は
そんな感じだった気がします。




今のところ

なかなか、個性的なケーキが

出来上がりつつあります(笑)

2017年5月21日日曜日

CCM交わり会、しめきりますm(_ _)m

5/27のCCM交わり会、たくさんのご参加申し込みありがとうございます。

ひさしぶりの「しおん館」での会ということもあり、
たくさんの参加申し込みをいただいて、気がつけば20名弱・・・

すいません、

会場がそんなに大きくないので

本日で、一旦参加募集を締め切らせていただきます。


何卒、ご容赦くださいm(_ _)m


=CCM交わり会=

日時:5月27日(土)14:00~16:00(予定)

場所:北方キリスト教会別館<しおん館>
(岐阜県本巣郡北方町芝原東町1-10)

*電車でお越しの方は、JR穂積駅へ13:30に集合してください。送迎します。(事前にご連絡下さい。)

*車でお越しの方は、北方キリスト教会前の駐車場をご利用ください。
(北方キリスト教会からしおん館は徒歩3〜5分です。)



2017年5月20日土曜日

ノンクリスチャンと結婚するときの考えられる対処法

最近、私の周りで
ノンクリスチャンと結婚したものの悲しい現実と向き合っているという人が
多くいて、
本当に考えさせられています。

誰と結婚するのか、それは本当に神の御心です。

だから、私のような人間が

クリスチャンと結婚しなければいけない!とか
ノンクリスチャンと結婚すべきでない!とか、
言えるはずもありません。そんな権利はありません。


とはいえ、

「信仰」という重要な価値観があわずに
結婚しながら涙を流す人、離婚に至ってしまう人がいるのを見ると

どうにかできないものか・・・
と真剣に考えてしまうのです。



クリスチャンとノンクリスチャンとの結婚生活の難しさは
結構奥深いように思います。

クリスチャンにとって「信仰」というのは、アイデンティティです。その人の土台です。
けれど、ノンクリスチャンにとっては「趣味」くらいの価値にしか捉えてもらえないようです。


あと2つ、共有し難いものがあります。

一つは、お金です。
献金の価値観は、なかなか共有できません。
たとえば、与えられた収入の10分の1を献金したいとします。
あなたが家計を預かっていて、総収入の10分の1を献金にまわすとします。
手取り20万円なら2万円です。家賃、光熱費、食費もろもろもある中で、2万円です。
神社でお賽銭に2万円出す人はそうそういません。
この決して少なくない出費を、ノンクリスチャンの方がどう納得できるでしょう?

さらに、もし相手(ノンクリスチャン)の方が家計を握るとしたら、
献金さえ思うようにできない・・・かもしれません。

もう一つは、
「お互いに対し、かたく節操を守る」ということです。
クリスチャンにとって、結婚したら浮気・離婚はありえない、それは神様が禁じている、という考えです。
でもノンクリスチャンにとって、そのような絶対的なルールもルールを作る主体(神)もないので、「浮気、離婚」は決してよくないことだけど、アリだよね、と考えるわけです。

このルール、概念が共有できないのは、かなり深刻です。

結婚は、破棄できない契約である、別れることはありえない、
という土台があれば、
二人の関係が壊れたとしても、時間をかけてでもなんとか築きなおしたり修復しようとしていけます(そうするしかない)。


離婚を否定しているわけではありません。
人間的に見れば、あるよね、と言えます。
でも、今回の焦点は、神を御前にしたときにどうなのか?ということです。
なぜ、今これを強調しているかと言えば、
クリスチャンを対象として書いており、
クリスチャンは、自分や世の常識を基準とはしないで、
神の言葉を基準とする生き方を選んだ人たちなはずだからです。




さて、

その上で、

クリスチャンの人が
ノンクリスチャンの人と結婚が導かれた場合


悲劇をできるだけ生まないために

どうしたらいいか・・・・



大事なのは

「結婚前」ではありません。


「結婚後」です。


はっきり言って、
婚前の約束なんて、ほとんど守られません。
どれだけ、クリスチャンとしてのポリシーやこういう生活がしたい、
こういうことを大事にしたいと思ってる、
あなたにもここを理解してほしい、
そう訴えて
相手が理解し、了解した、と言ったとしても

土台が変わっていないのなら

結婚後には、Back to basic・・・相手は相手の生き方にもどるのです。





だから、改めて、自ら準備しておくべきは


「結婚後の生活の体制づくり」


なのではないか・・・

と思い当たりました。



ちなみに、お見合いの場合、
仲介者の仕事は出会いまでです。
結婚後のサポートは行なっていないのがほとんどです。
自然な出会いの場合は、サポーターはそもそもいないのがほとんどかと思います。



だから、これは、あらためて
自分で準備しなければなりません。




そして、
その具体的な方法の一つが、これです。

「教会とタッグを組んで、
パートナーを信仰生活、教会生活に巻き込む」

特に、できることなら、牧師先生に協力してもらう。
プリマリタルカウンセリング(結婚準備カウンセリング)から
関わってもらい、
できればその牧師先生、教会に結婚後も関わり続けてもらうのです。


もし、結婚を機に、自分が移住する場合、
移住先の教会とまずコネクションをつくる。
可能ならば転会しておいて、その教会との絆を作り、
結婚準備から結婚後までのサポートをお願いするのです。

あるいは、
全国規模で、広範囲でケアしてくれる献身者と出会っておく。
日本には結婚カウンセリングを専門としている人たちがいます。
その一つに、プリペアー・エンリッチという結婚サポート機関があります。
そこのファシリテーター(カウンセラー)のほとんどがクリスチャンだそうです。
婚前、結婚生活のサポートのプロですから、きっと相談にのってくれると思います。


とにかく

大事なのは、結婚後のサポート体制をしっかりと備えておくことです。


一人でパートナーを導き、教会生活に巻き込むのは本当に大変です。

繰り返しになりますが、
結婚前に、どんなに説明をし、相手が理解を示したとしても、結婚したら態度が変わる。そんな例をたくさん見聞きしています。

生きているルール、常識のベース
そこが変わらなければ、本当に理解し同意してもらうことはできません。
ルールが違えば、礼拝を捧げない、祈らない…どころか浮気もアリ、離婚もアリ、お寺参りもあり、神社参拝もあり・・・なのです。


でも、二人の生活の、
外堀を埋めていくことで…
二人の環境にクリスチャン色をうまく入れ込んでいくことで
この事態を緩やかにすることができるかもしれません。

身近すぎる人が言って聞かないことも、第三者が言うと聞く、ということもあります。
だから、自分一人で頑張るのではなく、
兄弟姉妹の助けをかりて
教会ぐるみで関わって伝道し、信仰生活へと巻き込んでいくのです。



けれど

いずれにしても、
自分の信仰と行動が試されることになります。
それは、
「一人で頑張らない」
「人を頼る」
「頼れるように、教会との関係をつくる」
という、ある種の試練です。




どこで、何を頑張るかは
それぞれです。




いずれにしたって、
楽に結婚できる道なんて
ない・・・のです。


クリスチャン同士で結婚したって、いろいろありますしね。


でも、できることをやり、

押さえるべきポイントを押さえていくことで

対処できることもあるんじゃないかと思います。


本当に、このことについては
心から祈っています・・・。

そして、
願わくば、教会と奉仕者が本当に力づけられ
ノンクリスチャンと結婚する(した)クリスチャンがサポートを
充分にしてもらえますように・・・
神様、日本の教会全体を祝福し強め導いてください!!


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(すでに10名近く参加エントリーが来ています♪)

20〜50歳くらいまでの若き(?)クリスチャンの集いです。

クリスチャンの結婚、婚活、クリスチャンライフなど、
同年代で話したい、でもなかなか話せない、ことを
ゆったりまったり分かち合い、交れたらいいなと思います。

簡単なドリンクとデザートをご用意してお待ちしています。
(差し入れ、大歓迎)

日時:5月27日(土)14:00~16:00(予定)

場所:北方キリスト教会別館<しおん館>
(岐阜県本巣郡北方町芝原東町1-10)
電車でお越しの方は、JR穂積駅へ送迎します。事前にご連絡下さい。

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参加費:500円

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2017年5月18日木曜日

親の介護

親のことが心配で

と、婚活で悩む方、気にされる方の声を聞きます。



心優しいと思うし、
父母を敬っているのだな
とも思います。


しかし、この親問題をクリアできずに
立ち止まっている婚活クリスチャンは
少ないないのが、現状です。

そして、

これに対しては

それぞれの事情もあるし
それぞれの思いもあるので


安易には

「離れたって大丈夫だよ」

とは
なかなか言えません。





その代わりに


うちの親のことを

少しシェアしたいと思います。



うちの親は
母が一人っ子、父が4人兄弟の末っ子です。

母は結婚したらどこへでも!と思っていましたが
父が「親の面倒を見られるのは君しかいないだろう」と
結婚して、母が一旦は父の性になったものの、
父は母方の養子として入り直し、
関東にいた二人は、母の両親のいる岐阜へと
移り住みました。


それから30年ほど経ち、
いよいよ、それぞれの親が弱る頃

父方の母(つまり祖母)は
父の兄弟の長男が一緒に住んで面倒を見ていたのですが、
その、長男がガンで先に亡くなってしまいました。
他は女兄妹で、嫁いでしまっており、
母(つまり祖母)を迎えて面倒を見ることができません。

しばらく、一人暮らしをしていました。
心配なので、父がwebカメラを設置して見守る日々…。
しかし、結局、父が
祖母を岐阜に呼び寄せて面倒を見ることになりました。
岐阜には、老人介護施設がどんどん建っています。
幸い祖母は、近所の施設に入ることができ、まるで一人暮らしのように、でもサポートがある…という、できるだけ彼女の望む形の生活をすることができました。

父も母も、祖母の元へ2、3日に一度は顔を出すことができましたし、
何かあればすぐに連絡が来たので、安心でした。

さらに、週に一度は、外出日として
母の実家に遊びに来て、
母方の祖母と父方の祖母は友達として
秘密のおしゃべりをしていたそうです。

ちなみに、その父方の祖母は
岐阜に移り住み、息子と嫁、そして牧師先生が
ちょこちょこ関わってくれるようになったことで
96歳にして神を信じ、受洗してクリスチャンになりました。
(その1年後に、平和のうちに天に召されました。)



「親が子供の近くに移り住む・・・・」

ということを、今はあまり想像できないかもしれないけれど
実は、ちょこちょこある話です。
私が今思いつくだけでも、2、3例あります。
移り住んだ親さんたちは、置かれた場所、置かれた教会で
案外はつらつと生きていらっしゃいます。


遠距離にいる親を、毎週帰ってケアしている、という
信仰の先輩方の話も聞きます。

その距離は結構色々で
車で一時間・・・という話もあれば
名古屋と山口などの遠距離を通っている・・・という話もあります。

大変だけれど、できなくはないのだな、と思いました。

10年後には、名古屋ー東京間はリニアができ40分で行き来できるようになるのだそうです。

高齢者も増えるので、高齢者のための施設はもっと充実するでしょう。
今も、いろんなスタイルの施設がありますし、病院と連携した施設も増えています。

近くにいたって、結局、老人介護施設は利用しますし、病院のお世話にもなります。

母方の母(つまり祖母)は、娘家族と同居でした。
「家で死にたい」「病院は嫌い」がモットーだったので、
最後はガンでしたが、できる限り在宅介護をしました。
それほど長い期間ではありませんでしたが、
当時の、介護をする母の憔悴ぶりはすごかったです。
眠れないし、常に気をつけなければいけないし、家もあけることができない。
母の方が倒れて入院してしまいそうでした。
・・・家族のために、娘(母)のために、施設か病院に入ってくれないだろうか・・・
ふと、思ったほどでした。


介護は、近くにいても遠くにいても
施設やシステムをよく調べて有効に使っていった方がいい

これは、親たちの介護する姿を見て、私が学んだことです。


自分の人生を潰さずに、親をケアしていく方法は
探していけばきっとあるし
方法はこれからどんどん増えていくと思います。


だから、


調べずして、
相談せずして

ただかわいそう・・・

だけで、

婚活の難しさを
作ってしまわないでほしいなと思います。



私の親も
こんな形でそれぞれの親を介護することになるとは
思わなかったと言います。

でも、ちゃんと方法は与えられたし

それを用いて、
父方の祖母はクリスチャンとなって天にのぼることができました!



神はあらゆることを
益として
導いてくださる・・・



このことを、単純に信じてもいいのではないかな

と思います。


人生は、ロングスパンで見てみると
新しい視点が与えられたりしますよね。


=お知らせ=
CCM交わり会を開催します。

(すでに10名近く参加エントリーが来ています♪)

20〜50歳くらいまでの若き(?)クリスチャンの集いです。

クリスチャンの結婚、婚活、クリスチャンライフなど、
同年代で話したい、でもなかなか話せない、ことを
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2017年5月16日火曜日

結婚後もクリスチャンとして生きる・・・ってどういうこと?

結婚してもクリスチャンとして生きていきたいから

クリスチャンと結婚したい


そう願って、
私自身クリスチャンの方を限定して婚活しましたし
同じ願いで、婚活している方もいると思います。




「結婚してもクリスチャンとして生きる」
ってどういうことだろう?

と、ふと思いました。


もっといえば

「クリスチャンとして」

ってどういうことだろう?と。




定期的に、教会に行って礼拝をすること?
教会でなんらかの奉仕に携わること?
食事の前とかに祈ること?
会話の話題が聖書や神様のことでも差し支えないこと?
「神様が守ってくださるから大丈夫」とか言っても通じること?

そういった
ライフスタイルとか
行動スタイルとか
共通な会話ができるとか

そういう
クリスチャンらしい「形」「スタイル」「外観」を
キープしたい

ということでしょうか。



だとしたら、

これらのほとんどは
クリスチャンで、教会にちゃんと所属している人
と結婚すれば、

9割以上、叶うと思います。


心配ない。

大丈夫。

紹介、お見合いの時点で、

・クリスチャンであり
・教会にちゃんと所属していて礼拝を守ってる

この点をクリアするだけで


その願い、その結婚生活
叶います!!!




あれ?



納得できませんか?






では、


何を求めているのでしょうか?


結婚に対して、
あるいは、結婚後の生活に対して
あるいは、お相手に対して

何を求めているのでしょうか?


「クリスチャンであること」とは関係ない
もっと人間的なことなのでしょうか?


その、人間的なこと・・・は


信仰によっては乗り越えられない…でしょうか?



でも、


もし


信仰によって試練を乗り越えられないとしたら


それって

クリスチャンとして生きる
つまり
神を信頼し、キリストに従って生きる

ということが、できない・・・・・・・てことに

なってしまいませんか?





「クリスチャンとして生きる」

というのは


相手によって大きく左右される問題ではなくて

自分自身の問題だと思うのです。



「クリスチャンとして生きる」

というのは

「万物を創り、支配し、かつ私を絶えることなく愛してくださる父なる神を信じ
キリストが成してくださった十字架の贖いを心から受け止め自分のものとし
キリストと共に死にキリストと共に復活し
聖霊に満たされ新しくされたものとなり
命ある限り、キリストにならい、神に従い、聖霊に導かれて
あらゆる試練を乗り越えつつ、人格が整えられていき
弟子として、神の家族の一員として建て上げられつつ
生きていく」


ってことですよね?


結婚前も

結婚を祈り求める時も

結婚後も

この姿勢は変わらない
いや
変わりようがないはずです。


そして、これは

環境によらず、人によらず

自分による、、、、ことだと思うのです。



クリスチャンとして生きていく
それをキープし強く生きていく

その自信がない・・・?

だとしても、
その不安を補うのは

人ではなく、異性でもなく、教会でもなく

神と聖書のみことば
神とあなたの関係

なのではないでしょうか?




「クリスチャンとして生きていく」

その本質は

実はものすごくシンプルだと思うのです。


もし、
婚活がスムーズにいっていない、と感じたら

それは

神様からのサインかもしれません。

もう一度
「クリスチャンとして生きていくということを、考えてごらん?」
という語りかけと
与えられている機会かもしれません。


自分がどう生きていきたいか
どんな生き様を神様に見てほしいか

人との関わり方も生き様の一つだと思います
その生き様が、主の喜びとなり、人への証となるように

自分は人とどう向き合うのか・・・




祈りつつ、考えてみるのも
いいかもしれません。



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2017年5月14日日曜日

捧げるものはすでに与えられたもの

今、教会の聖書研究会では出エジプトを順に学んでいます。

聖書の学びというのは、本当に面白くて
神様のシナリオの秀逸さに「あっぱれ!!」と何度もなります。


出エジプト25章は
シナイ山の麓で、モーセが神様からの契約をイスラエルの民に聞かせ
イスラエルの民が「契約を結びます!!」と一致して、神様の目の前で
契約の食事をしたのち、
モーセが再びシナイ山に呼び出され、40日40夜かけて
具体的ないろいろを神様から言い渡される、というところです。

で、まず、「幕屋を建てよ」と言われます。

しかも、その幕屋の材料は
イスラエルの民の「心からすすんで捧げる人から」の奉納物
具体的には「金、銀、青銅、青色、紫色、緋色の撚り糸、亜麻布、ヤギの毛、紅くなめした雄羊の皮、じゅごんの皮、アカシヤ材、燈油、そそぎの油と香りのたかい香のための香油、エポデや胸当てにはめ込む縞瑪瑙や宝石」
が指定されました。


こんな高価なもの・・・イスラエルの人たちは持ってたかな・・・

だって
エジプトから夜逃げのように、荷物最小限で出てきたし
ここは荒野だし
他民族とかとも関わらないようにしてるし・・・


・・・・


しかし

「あ!!!あれだ!」

と、気づきました。


彼らは持ってたんです!!宝石や高価なものの数々!!


それは、遡ること数ヶ月前

エジプトを脱出する直前です。

「…さあ、民に語って聞かせよ。男は隣の男から、女は隣の女から銀の飾りや金の飾りを求めるように。』主はエジプトが民に好意を持つようにされた。…(出エジプト11:2-3)」

最後の災いを下し脱出する前に、
イスラエル人がエジプト人から金銀を買うようにと神様が命じ、
また買いやすいよう備えまでされてました。
そして、神の命令通り、彼らは金銀を求め、得ていたんです。


あのとき、

「なんで、ここで、このタイミングで、
エジプト人の心まで動かして、イスラエルの民に金銀を得させたんだろう」

と思ったんですよねぇ。


しかも、エジプトを脱出した後、一銭も使わない。


行く道は荒野だし、
他の民族を避けてルートを取って関わらないようにしてたから、
どんなにお腹が空いても、喉が渇いても、
金銀と食料を交換することもなかったし…


…あれ、なんだったんだろう


と思ってたんですよね。




そしたら、


「ここかーーーー!!!!」

と、ガッテンしたわけです。



そう、あの金銀財宝は
イスラエルの人たちが、幕屋を、聖所を建てるためのものだったんです!

(このガッテンしたときのスッキリ感たるや・・・感動w)



けれど、それを

「心からすすんで捧げる人から、私への奉納物を受け取らなければならない」

と神様はおっしゃる


ということは


そもそも、神さまがご計画の中で備え与えたものだったけど

受け取ったイスラエル人からしたら、

何に使うかわからなかったし、
しかも見目麗しく価値ある金銀財宝、高級品だから


「・・・手放しにくかったかもな」


と、思うわけです。







ふと、自分のことを思いました。

私たちに与えられているものは

私たちの日々の糧だけではなく

そもそも神様に捧げるために備え与えられたものも
あるかもしれない

幕屋のように、聖所のように、
神様と人(私たち)の深い関係を作るために大事な材料かもしれない

それが、高価なものであればあるほど
私たちが手放したくないと思うほど素敵なものであるほど

聖所の材料であり、捧げよと言われるものなのかもしれない・・・


捧げ物というのは
私たちが身を削って捧げるというよりは
実はもうすでに、神様が与えてくださってるんだな

と思いました。


けど、もし

捧げるために与えたものを
私たちが自分のものにしようとしてるとしたら

うん、それは、きっと、なんか違う。

まるで
「これで、〇〇を買ってきて」と頼まれて預かったお金を
〇〇を買わずに自分のお菓子を買って使ってしまうようなものだ。




ふと思いました。


私たちの「結婚」て

どれにあたるのかな?

と。


日々の糧?自分が生きてくためだけに与えられるもの?

それとも、

神の聖所を建て上げるための
神と自分の深い関係、絆、交わりを築くための
大事なもの?
捧げ物?
「心からすすんでささげる」ように願われているもの?


8節にはこうあります。
「彼らがわたしのために聖所を造るなら、わたしは彼らの中に住む。」



ここに、

祝福される結婚のヒント

あるような気が

しました。



私たちが捧げるべきものは
もうすでに与えられている
あとは、
私たちの心と行動・・・次第。



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