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2017年8月16日水曜日

人は人を救えない

「なぜなら、妻よ。あなたが夫を救えるかどうかが、どうしてわかりますか。
また、夫よ。あなたが妻を救えるかどうかが、どうしてわかりますか。
ただ、おのおのが、主からいただいた分に応じ、また神がおのおのをお召しになったときのままの状態で歩むべきです。
私は、すべての教会で、このように指導しています。(Ⅰコリント7:16-17)」

この聖句は、クリスチャンとノンクリスチャンの結婚離婚についてパウロが語ったところです。
そして、文脈としては、
「クリスチャンとノンクリスチャンで結婚している場合、離婚しようとしてはいけない。でも、もし、未信者のパートナーが去っていこう(離婚しよう)とするなら、
あなたは信仰を捨ててついていくよりも自分の信仰を守ることをとりなさい。」
ということが直前に書かれています。

その流れで

「なぜなら、妻よ。あなたが夫を救えるかどうかが、どうしてわかりますか。
また、夫よ。あなたが妻を救えるかどうかが、どうしてわかりますか。」

と書かれています。

「・・・そうだなぁ」

と、思わずつぶやきました。


人は人を救えない・・・

人は人を変えられない・・・


結婚生活や
ミニストリー
を通して
本当に実感することです。


クリスチャン同士の夫婦であっても、
お互いに、合わないところや、できれば変わってほしいと思うところは
あるものです。

けれど、そう簡単には変わらない

20年30年40年かけて身についてきた習慣や考え方は
そう簡単には変わらないのです。

変わる必要さえ実感しない、ということもあるかもしれません。
ならば、余計に変わらない・・・


結婚前に、

「彼のここは嫌だけど、きっと変わってくれるはず」
「彼女のここは直してほしいけど、たぶん結婚したら変わるだろう」

好きだからこそ、結婚したいからこそ
そこをポジティブに期待してしまう

でも、そう簡単にはいきません。

私も、数多くのことを夫に求め、
その9割は変わらず、
諦めてきました(笑)

そして
そのうちの5割は、
彼 ではなく、
私が 変わることで
解決できた・・・ようにも思います。

自分が変わることで
スムーズにいくこともある

だけど

信仰だけは変わっちゃいけない!

神様が私に与えてくださった「信仰」はどんなものよりも大事なもの。
何においても最優先されるもの。

「ただ、おのおのが、主からいただいた分に応じ、
また神がおのおのをお召しになったときのままの状態で歩むべきです。」

クリスチャンという私らしさは、何をおいても捨ててはいけない

のだな、と思わされます。


私は私らしく

そして、

人は人を救えない。人は人を変えられない。


じゃあ、
どうやって人と人は歩み寄っていけばいいのか?
どうしたら人と人は1つのようになれるのか?


ここまできて・・・

歩み寄る、1つになる、というのは
なにも2者が同じにならなくても
歩み寄れるし、1つになれるよね

赤と青が1つの色(紫)になるには

絵の具のように混ざり合う方法もあるけど

青のセロハンシートと赤のセロハンシートが重なることでも
紫になる。
けれどこのとき青のセロハンは青のまま、赤のセロハンは赤のままで
元あったものが変わってしまったわけじゃない。

そういう1つのなりかたもあるよね

と気づきました。



そして、

自分の結婚生活を振り返った時

私は夫を変えられなかったけれど
神様が彼を変えてくれた・・・
と実感することがたくさんあることに気づきました。

時間をかけて…
私が何もできずあきらめたころに
願っていたことを自ら言ってくれるようになったり
願っていたことを自らしてくれるようになったり
したのです。

それは私ではなく
神様が働いてくださったんだな・・・
祈っていたことを神様は聞いてくださって
私たち2人に思いをとめてくださっているんだな

と、思いました。

「神は、みこころのままに、
あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、
事を行なわせてくださるのです。(ピリピ2:13)」

そして、彼だけでなく
私も 神様の働きによって変えられている・・・
と思います。

「ですから、成人である者はみな、このような考え方をしましょう。もし、あなたがたがどこかでこれと違った考え方をしているなら、神はそのこともあなたがたに明らかにしてくださいます。(ピリピ3:15)」

人は人を救えない。
人は人を変えられない。

でも
神様は人を救える、
神様は人を変えられる

だからこそ

「何も思い煩わないで、
あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、
あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。 

そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、
あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。(ピリピ 4:6-7)」

という言葉を信頼したい
と思います。

「それゆえ、神に選ばれた者、きよい、愛されている者として、
あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。 

互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、
互いに赦し合いなさい。

主があなたがたを赦してくださったように、
あなたがたもそうしなさい。 

そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。

愛は結びの帯として完全なものです。(コロサイ3:12-14)」


神の愛こそが、人を救い、人を変え
人と人を繋いでくださり、
1つにしてくださるのかもしれません。





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日時:9/2(土)
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参加費:500円(ドリンク・デザート付)
場所:Grace Cafe OASIS
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射水海老江コミュニティーセンターすぐ横

詳細、お申し込みは↓↓↓
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2017年8月12日土曜日

主にある婚活って?

私の大好きな聖句の1つがこれです。

「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。
それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。
行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。
私たちは神の作品であって、
良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。
神は、私たちが良い行いに歩むように、
その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。
(エペソ2:8〜10)」

信仰により恵みによって与えられる・・・

ガラテヤ3章を読むと、
どう「救いが信仰により恵みによって与えられる」ということに
至っているか、ということがわかるような気がします。

人に(イスラエルの民に)
律法が与えられました。
人はそれを全うしようとしたけどできませんでした。
律法は、人が救われる方法論、ともいえると思います。

でも、できなかった・・・。

けれど、できなくっても当然なのです。

そもそも、律法は人がそれを全うするためにあったわけじゃない

神様の義がどういうもので、どうしたら救われるかという方法で
神の義と人の罪を知ることで人はある程度養育され、ある程度守られ、

そして、
律法を全うするのはキリスト(神の子)だけで
「わたしが来たのは律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。廃棄するためにではなく、成就するために来たのです。(マタイ5:17)
「キリストが律法を終わらせたので、信じる人はみな義と認められるのです。(ローマ10:4)


人々がその完成者なるキリストへの信仰へと至るためのものだったのです。

そして、信じた人々は神の恵みにより義とされ、永遠の命の約束と聖霊を与えられました。




あらゆる物事が、

もしかしたら、この原理なのかな、
とふと思ったのです。



結婚相手に出会う、愛される、主にある人間関係を築く
その方法、メソッド、こうしたらいい、ああしたらいい
というものは、確かにあります。

だけど、それだけで、必ず幸せな結婚できるかといえば
多分そうじゃない、と思うのです。


そこに、神様の恵みがなければ、
きっと完成はしない。


愛される、人間関係を築く方法、メソッドは
きっとある程度役に立ちます。
それをやろうとすることで、
人として成長したり、気付いたりすることは、
きっとたくさんあると思います。

だから、それをトライして、やってみようとすることは
いいことだと思います。

でも、それだけではうまくいかないとしても
それは、きっと当然・・・だと思うのです。

(「それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。
行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。」
と先ほどの聖句にもあります。刺さりますね・・・。)

神が導く、
神が恵みと憐れみによって完成する・・・。

それを、私たちは、信じる。

そういうことなのかもしれない、と思ったのです。



とすると

ものごとがうまくいかない、というのは、
実はとてもいいことなのではないか、と思ったりします。

世にある方法や常識ではうまくいかない、
完璧にはいかない

そのことを通して、私たちは神を仰ぎます。

もしかしたら、
なんなら
神を仰ぐようになるために、
うまくいかないようにできているかもしれない。

きっと
大事なのは、自分の力でうまくいくことではなくて、

神の力によってうまくいくこと、

そして、それを通して
「やっぱり神様は共におられる!生きておられる!」
と神をほめ讃えるため・・・
なのではないかと思うのです。

(聖書を読んでいると、どうも人間の最上の喜びは主の栄光をほめ讃えることのようだな、と思わされます。なかなか、その実感を得るのは難しいのだけど…)


うまくいかないのは

より「主にある幸せな結婚」「神の結ぶ完璧な結婚」
へ近ずくための道なのかもしれない、、、と
思ったりします。


でも、主の道は計り知れない
そして、おうおうにして、厳しく、そこには試練がともなう・・・




なんでもいいから結婚したいか
どんなでもいいからウェディングをあげたいのか

それとも

神に導かれて、神に保証された、祝福溢れる結婚がしたいのか



きっと
それらを選ぶことを
私たち人間はまかされている。

自由意志があたえられている。

応えるのは、
今生かされている私たちの
そして、クリスチャンとなるようにと招かれた私たちの
責任だ・・・

と思います。


私自身も、毎日のように、突き付けられています。

ひとつひとつのことが
信仰により恵みによって成ることを
神様が完成してくれることを
願うか、どうか・・・

本当に、試されます・・・。

正しいものを、選び取りたい・・・
と、願い祈ります。




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2017年8月10日木曜日

自意識から逃げない

若い頃・・・

夢を追いかけていた頃

それはつまり、夢がなかなか叶わず

もがいてもがいてもがきまくっていたころ


あの頃ほど

嫉妬、ねたみ、そねみ、ひくつ

でいっぱいだったことはないな

と思います。


いつも誰かをうらやんで
いつも誰かに嫉妬してて
いつもすべてを斜めにみて
くやしくて、くやしくて、くやしくて
うらやましくて・・・

でもそれ以上に

そんなことを感じている自分がいやで

なんて格好悪いんだ

人をうらやむ自分、嫉妬して、心の中でねたんでる自分

なんて情けないんだ

と思って・・・


うらやんで、ねたんでる自分を直視することが

一番つらかったです。

自意識が過敏になってる自分も、かっこ悪いなって思って
なんだかまたくやしくて

そんなこと関係なく、自分らしくあることを
貫きたいのに・・・

そうは思っても、自意識が募る

そして、ダメな自分、負けてる自分、結果出せない自分が
うきぼりになる。
夢を叶える友人、先へと進む友人、輝いてる友人が
どんどん、うらやましくなる。

それは、

夢を叶える、ということの当事者であるからこそ
そのレースに参加しているからこそ
感じることではあったと思うのです。


たとえば、
ダンサーになりたいと思ってる人が
弁護士になりたいという人と張り合うことはないだろうし
うらやましいとか、ねたんだりとかはないと思うのです。


けれども、当事者でありながら
当事者の立場から逃げてしまったら・・・
他の当事者からみたら「ん?」となると思うのです。


夢を追ってる途中の者なのに、
まだなにも達成してもいないのに
まるで到達した者のように「ああだよね、こうだよね、こういうものだよね」
という人が、あの時もいた。(そういう先輩っている・・・)

でも、そういう人がどう見られたかといえば
「めんどくさい」「信用できない」「眼中にはいれなくていいや」
そして
「あの人のようにはならないようにしよう」

そう周りから思われてたし、
私も思っていました。

(いや、もし、私自身が気づかないうちにそういう人になっていたかもしれない。
だとしたら、本当に恥ずかしい・・・)


自意識も辛いけど、そこにはならないようにしよう・・・。

今振り返っても、そう思います。



結局、私の場合、夢は一度敗れたわけですが、

自分の中の、妬み、そねみ、うらやむ思い、自意識と
とことん向き合うことができたのは

とてもいい経験でした。


そして、その時の経験が
意外なことに
婚活の時に役に立ったのです。

婚活の時には、信仰を取り戻していたので、
妬み、そねみ、うらやむ思い、自意識と
たった1人で向き合うのではなく
神様と一緒に向き合うことができました。
(ねたんでるとか、うらやましいとか、そんなこと恥ずかしくて誰にも相談できない。
だから、神様にだけ相談してました。相談できる神様がいて、本当に良かった・・・)

そして、
「実は人を妬んだり羨ましいと思うめっちゃ格好悪い奴なんです、私」
という自覚があったからこそ
相手の前で虚勢をはることもなくフラットで入られたような気がします。


自意識と向き合うのは

結構辛いけれど

自分が本当に何者であるかということを
とことん知る、大事な機会かもしれない
と思います。


ダメな自分からは
逃げてはいけない・・・
自分という人生の当事者であり続ける


自分の人生は、自分にしか歩けないのだから・・・・



そんなことを、

あの頃を思い出しながら

改めて思います。




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2017年8月8日火曜日

地道にコツコツ

地道にコツコツ、、、

久しぶりに
この果てしない作業をしています。

北陸3県プラス高山のプロテスタントの教会150箇所へ
9/2の北陸CCMの会のお知らせを送ります。

チラシのデザイン、印刷発注から
添付するお手紙の作成、
ラベリング、折って封入…

内職だったら、一部一円にもならない
しかし、めちゃめちゃめんどくさい作業を
コツコツコツコツ自分の手でやる。

時間がかかるので、

やりながら

これ、意味あるのか?

という思いと

用いられますように!

という思いが

交互に心をめぐります。

なぜ、この、費用対効果の悪そうな
アナログな作業をするか、
インターネットの時代にお手紙を送るか
(切手代もかかるのに)

それは、いまだ多くの教会が、
比較的アナログなところが多いから

そして

温かみをもってお伝えしたいから

そして

例え、会への参加者につながらなくても、

この手紙を通して「クリスチャン結婚」について考えたり祈ったりしはじめるきっかけとなり、少しでも動いてくれたらいい…な…

そんな願いをこめています。



なぜ、教会に働きかけるかといえば

やはり教会はクリスチャンの拠点となるべく神によって建て上げられたものだと思っているからです。


これまで、何度も「教会」というものに失望してきました。

中3の頃には、母教会で分裂がおき、私達一家は姉妹教会へ転会しました。その後、もといた教会の牧師は後任も残さず教会を去ったそうです。東京で信仰を取り戻すきっかけとなった教会は、3年の間にカルト化し、奉仕に明け暮れるも何か違和感を感じ、実家に帰ろうと相談した牧師には「君はエゴイスティックだ、独善的だ。今ここを離れたら君に祝福はない。」と激怒されました。

故郷に戻り、再び家族と共に行くようになった教会では、積極的に教会に仕えるほど嫉妬をされたり、私個人のミニストリーを教会の成果のように無断で週報にあげられたり、ついに突然話し合いの余地もなく牧師夫妻は教会を離れていきました。

周りで、鬱になったり、尊敬できない献身者の姿、リーダーたちのダークサイドをたくさん見ます。


「教会」という組織に失望することが、あまりに多かったです…。


それでも、


私は、どこかで


教会の底力を信じたい…


そう思っているのです。


主によって置かれた教会を

主によって召された献身者たちを

主が動かし、用いてくださることを


すごくすごく願い、期待したいのです。



もう一つは、

婚活サポーターとして、

一生懸命祈り行動し頑張ろうとしている婚活中の方々に


ガンバレ!


と言う私が頑張ってなかったら

なんの説得力もない…

と思うから。


私も、できることを

必死に祈り、知恵をしぼり、犠牲をはらい、がんばります。

そうあるべきだと思うのです。



兎にも角にも

150通、完成し、先程投函してきました。


あとは、神様。よろしく!!!!


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2017年8月7日月曜日

神様のロジック

「すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行ないなさい。
それは、あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、
また、曲がった邪悪な世代の中にあって傷のない神の子どもとなり、
いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。
(ピリピ人への手紙 2:14-16a)」


この箇所を読んで、とても考えさせられたことがあったので、
シェアしたいと思います。


すべてのことを、つぶやかず
すべてのことを、疑わず
行なうって

結構難しい・・・ですよね。


大人になればなるほど・・・難しいです。


いろんなことを、つぶやく口がとめられない
つぶやく手がとめられない
つぶやきが口に出ずとも顔に出てしまう

いろんなことを、疑ってしまう
信じられない、騙されること傷つけられることが怖い



それら一切をやめて

すべてを行なうって

そんなこと、できるのかな?・・・て


つい疑ってしまう。(ほら、もう疑ってる・笑)




でも、

まず、やりなさい、とパウロは語る。


やりなさい


やっていく中で「純真な者」とされていく
やっていく中で「曲がった邪悪な世代の中にあって傷のない神の子ども」とされていく
やっていく中で「いのちのことばをしっかり握る」ようになり
やっていく中で「世の光として輝く」ようになる

から

ということなのかな、思ったんです。


もちろん、

考えただけで、とてもできない!と思うことをやっていくので

どうしたってそこには「祈り」がともないます。


「神様、できるように助けてください!
やっていく力と知恵を与えてください!
変えてください!・・・」



純真な者となったら、傷のない神の子どもとなったら、
いのちのことばを握れるようになったら、世の光となったら・・
↓↓↓
つぶやかず、疑わず行なうようになる

・・・

のではなくって


逆・・・だ。



できないところから、

まず、やりはじめる。


やると、変えられていくから・・・。




ときどき
聖書を通して示される神さまのロジックには
本当にハッとさせられます。

私たちが常識だと思っていたことの逆を、当たり前のように語っていたりします。


しかし、びっくりするような神さまのロジックこそが、
きっと真実なのだと、私は信じます。



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2017年8月4日金曜日

結婚しても(ほぼ)確実に礼拝を守り続けられる方法

思いがけず、
人生の先輩方と「クリスチャン婚活」の話になりました。

きっかけは自分の結婚のなれそめでした。

「結婚のなれそめは?」
「あ、私はお見合いです」
「お見合いーーーーーーー!?」

まさか、今もそんなシステムがあるとは!
そんなシステムの中で結婚して幸せになる人がいるとは!

と、驚きやらなんやらで、その場は大いに盛り上がりました(笑)

そして、
あちこちから「結婚適齢期の人がいるんだけどね」
という話が・・・。

さらに、話は、
「クリスチャン同士の結婚が、やっぱりいいよね」
という声になっていきました。


クリスチャン同士で結婚した先輩ご夫婦もいれば
結婚後、夫婦揃ってクリスチャンになった先輩ご夫婦もいれば
パートナーがノンクリスチャンで他界されてしまったという方もいて

けれど、結論としては
なんだかんだで、やっぱり
「夫婦一緒に、クリスチャンがいいよね」
ということでした。


結婚してもクリスチャンであり続けたい
人生の試練はやはり聖書のみことばと、祈りと、まことの神さまとのつながりでしか乗り越えられない

そんな実感があるからこそ、だと思います。


ある牧師夫人の方が
「彼が、牧師になるって言った時に、やったー!って思ったんだよね」
とおっしゃいました。

「だって、そしたら確実に結婚後も礼拝を守れるじゃん!」


そういうことーーー?!


教会生活がない生活なんて、絶対にありえない!と思ってきた彼女にとっては
ものすごいメリットに感じたそうです。


たしかに・・・
たしかに、そうだ。

一信徒ならば、何かの事情で教会を離れてしまうこともあるかもしれない。
でも、牧師ならば、自分が教会を建て上げる先頭に立つし、毎週メッセージも作り、牧会もするし、教会から離れるという可能性は極めて低い。
ということは、逆に言えば、教会生活はかなり守れる。嫌でもなんでも守られる(笑)

これは、考え方によっては
結婚しても、確実に礼拝を守り続けられる方法と言えるかもしれない。

そして、実際にそう考えて、結婚した人もいる、ということなのですよね。



「牧師、献身者とは、ちょっと・・・」という女性の声が少なくない中で
ちょっとした衝撃でした。

なるほど、そういう視点もあるのだ。


妙に納得してしまいました。



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2017年8月2日水曜日

教派・教団・主義の壁

ここ数日、
いや
ここ数ヶ月
モヤモヤとしていることがいくつかあり、
それが一体なんなのか、少しずつ因数分解しています。


それで、見えたことの1つが

「教派、教団というボーダーをつくること、
カテゴライズすることで
何のメリットがあるんだ?」

ということでした。



クリスチャンホームで育って、ほとんど同じ教会で育ち
婚活を本格的にするまで、「教団、教派」というものを
意識することはありませんでした。

婚活で初めて、
いろんな教派といわれるものがあり、いろんな教団といわれるものがあり
それらの間に、思った以上の壁があるんだということを
知りました。

ANNIというクリスチャンシンガーとして
賛美コンサートでさまざまな教会に呼んでいただき、訪れます。
まったくもって、超教派で活動しているので
本当にいろんなスタイルの教会、礼拝に触れます。

リベラルなスタイルもあれば、福音派もあり、
オーソドックスで型を重んじるスタイルもあれば、異言の飛び交う聖霊派の礼拝も
どれも経験することができました。


それであってもなお、思うのです。

「教派、教団というボーダーをつくること、
カテゴライズすることで
何のメリットがあるんだ?」


なぜなら、同じ神を信じている、同じイエスキリストを信じている、同じ御霊がそこにある
それらが「同じ」ならば、スタイルの違いを超えて、交わることができているからです。

それぞれのスタイルには、その歴史があり、背景があり、良さもある。

知らないスタイルに対して、表面だけや噂だけを聞いて、
合うとか合わないとか、いいとか悪いとか、偏見の目でみてはいけないんだ
ということを、
さまざまな教会へ訪れ、いろんなクリスチャンの方に触れることで、教えられました。

〇〇派だとか
△△教団だとか
□□主義だとか

よく知る前に、カテゴライズしてしまうことで
大きく誤解をしてしまうことは、多々あるんじゃないかと思います。

そして、教派、教団、主義に属しているということと
その人のパーソナリティーとは
心配するほど密接に関係はしていない、

というのが、私の感想です。


現に、CCMをやってきて
礼拝のスタイルがまったく違う2人が結婚することがほとんどなのです。

私たち夫婦も、
いわば「福音派」と「聖霊派」カップルです。

聖書や聖書の教えに対する知識は、
教団教派の影響よりも、
個人の礼拝に対する熱心度、聖書に対する興味の度合いによります。



だから、

あの人は〇〇派だから
あの人は△△教団だから

ということで、人や自分をカテゴライズしてしまうことは
必要以上に壁をつくり、自分を小部屋におしこめてしまうことになるんではないか?

と思うのです。

それは、婚活においては、チャンスを狭めてしまうもったいない状況です。


聖書の中でも
パリサイ派だのサドカイ派だの、ユダヤ人だの異邦人だの(※イエス昇天後)
壁をつくり、互いに偏見を持ち、どっちが正しいだのと議論をしてる様子を
見ることができますが、
いいことなんて、ひとつもない。
それで、どれだけパウロが頭と心を悩まし、どれだけの手紙を書いたことか・・・

もちろん、それぞれのスタイルに欠点もあると思います。
どの教派・教団・主義が完璧ということも、神の前にはないとも思います。

でも、その違いや難点を冷静に見極めるには、
無知のまま偏見を持って見るということを
まずやめなければならない、と思います。

聖書には、どの教派、教団、主義ならば、天に入れられるとは書いていない。
同時に
「わたしに向かって、『主よ、主よ。』と言う者がみな天の御国にはいるのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行う者がはいるのです。」
ともあります。


天において再会することを考えた時、
地上においてクリスチャン同士が互いに壁をつくることに
なんの意味があるんだ?
そんなこと、神様がどう評価するというのだ?

と思ってしまいます。

さまざまな礼拝スタイルがあり、その中で自分が一番合う礼拝スタイルで
主を礼拝すればいいとおもいます。

でも、自分がいいと思うものが普遍的にベストで、
自分がいいと思えないものが悪いもの
としてしまうのは
非常に残念に思います。


そして、
教会堂という建物も、教派教団という組織も
すべて人がつくったものです。
いつ壊れても、失ってもおかしくないのです。

無牧になって教会がなくなることもある。
教団が分裂してしまうこともある。
災害で建物がなくなってしまうこともある。
急な引越しで教会を離れねばならなくなることもある。


そういう不確定なものにすがるよりも
神様が直接与えてくださる福音をシンプルに拠り所とすることが
大事なのかもしれない



こんな時代だからこそ

そう思うのです。




2017年8月1日火曜日

ひとりの時間

わたしは、ひとりで神様と対話をする時間を
とても大切にしています。


もともと、人の意見、声にとても左右されやすいタイプで
あれを信じてみたり、これを信じてみたりと
よさそうなものがあればすぐに飛びついてしまうし
人に言われたことを真に受けてしまい
その言葉に縛られてしまう・・・という傾向がある
そんな人間です。

その果てに

自分がよくわからなくなったと悩み
自分の心の声がきこえなくなってただただ苦しい
人にいつも裏切られたような形になりとても傷つく
何度も何度も そういうことを繰り返しました。

神様から離れて夢を追っていた時もそうだったし

夢が砕け散って
聖書に立ち戻ろうと、ふたたび教会へいくようになり
クリスチャンとして生き直してからも
そうでした。

信仰は取り戻したけれど、教会の人間関係にとても翻弄されました。
(よくあること・・・よくあることよ)

神への信頼は揺るがなかったけれど、
教会の誰も信じられず、誰にも相談できない、という状況に陥りました。
(心を開いて相談したら、逆にめっちゃ怒られる、冷たくされるという経験を複数回する)
さらに、その時期は、ちょうど311の大地震があった頃でもあり、
本当に、「孤独」という感じを味わっていました。

ぼろアパートのベッドの上、枕を思い切り濡らしながら
「もう誰も信じられない!
頼れるのも、心を開けるのも、心から相談できるのも
神様しかいないんだ!」
ということを痛感し、

そこから、だれよりも神様と会話する、ということを
本気でするようになりました。
それはいわゆる「祈り」かもしれません。

でも、私の場合は、「祈り」というより「会話」でした。
言いたいことは包み隠さず言う。いいかっこしいはしない。
まるで、小さな子どもが親に話すように。

ときに、紙にめいっぱい書いて手紙のようになったり
ときに、ひとりごとのようにバーっとしゃべっていたり
ときに、言葉にならないなにかを言葉にならないまま訴え続けたり


あらかじめ言っておきますが、
私はいわゆる聖霊派ではないし、異言の賜物もありません。
大した奇跡を見たことも、体験したこともありません。
聖書でも、メッセージでも理論的に理解し納得したい。
どちらかといえば、極めて現実主義なクリスチャンだと思います。

けれど、
嘘のような本当の話・・・
神様は、私のその吐き出すような、あまりにもフランクな、あけすけな会話を
ちゃんと聞いて受け止めてくださる、と信じられるのです。

そして、神様は必ず平安へと導いてくださるのです。

こういう神様との会話・祈りは、
あまりにも赤裸々なので、他人とはシェアできません。

ひとりの時間にしかできないです。


けれど、
ひとりの時間の、ひとりの神様との会話・祈りは

人に相談したり、何かにすがったり、
忙しさやイベントやなんかの興奮で紛らわしたり
だれか偉い人に祈ってもらったり
するよりも

ずっと明確な答えと平安にたどりつきます。
(明確な答えについては、時と聖書のみことばがもたらしてくれます)




自分の心の奥底にあるものと向き合うことは
ちょっとキツいかもしれません。
見たくないものを見つめることになるかもしれません。

でも、誰に晒すわけでもないのだし
神様にはすでにバレているのだし
あとは、自分が向き合って、正直になるだけ・・・。




そんなわけで、私は

モヤモヤするときほど

ひとりの時間を絶対にもつようにしています。

結婚しても、なおです。


人はひとりで生まれて、ひとりで還る。
ひとりで神の前に立たなければならない。

出エジプト記のモーセの「神の臨在の天幕」
のような場所を
生活の中にもつことも、大事かなと思います。



2017年7月31日月曜日

心が動けば、知恵が与えられる

お見合いパーティー後、お見合い後に
ときどきこんな相談を受けます。


「オファーをもらったんですけど、なんか返す気持ちになれなくて・・・」
「いい人だなとは思ったんですけど、なんか前に進む気持ちになれなくて・・・」

相談というよりは、告白に近いですが


「心が動かない」ということで
婚活がなんだかすすまない・・・
ということが、少なからずあります。
現実にあります。


気持ちとかどうでもいいから
とにかく、どんどん会って、どんどん交流して
とりあえず付き合ってって、進めればいいじゃないか!

と、思う方もいるかもしれないし
そんな感じでアドバイスをするサポーターもいるかもしれません。


だけど

どんなに行動してみたとしても
お見合いや、パーティーに足を向けてみても
すすまないのです。


私たち人間は「心」のある生き物です。
そして、意識している以上に、私たちの行動は「心」に支配されています。

だから、
どんなにモテても
どんなにオファーをもらっても
どんなにたくさん紹介してもらっても
どんなにいわゆる成功法をやってみたとしても


この「心」の問題を解決しなければ
前には進まない

と、私は思っています。


聖書にこんな箇所があります。

「主から心に知恵を授けられた、心に知恵のあるすべての者、すなわち、心動かされたすべての者をこの仕事に従事させるために呼び集めた。(出エジプト36:2)」

心に知恵のある…=(すなわち)=心動かされた…

つまり

心が動かされた時に、神様は同時に知恵を与えてくださる

ということだと思います。


本当の、最高の方法は、
神様から心動かされた時に、知恵も与えられる。

心が動いた時に、
それまで考えられなかった知恵やヴィジョンやアイディアが
浮かんできて
今まで見えなかった視点に気づきみえるようになる

ということだと思います。



だとすれば、


まず

「心を動かしてください!」

と祈ってみてもいいのかもしれない、と思うのです。



心が動くために、気づかなければならないことがあるかもしれない
心が動くために、解決すべき課題があるかもしれない
心が動くために、向き合い乗り越えなきゃいけないことがあるかもしれない

「そのすべてをも、神様!導き、動かしてください!」

と祈ってみてもいいと思うのです。


誰だって、
納得して結婚したい!
確信をもって、心から同意して結婚したい!

ですよね?

むしろ、だからこそ立ち止まったりするんですよね?


その「心」を支配しておられるのも、
実は私たちではなく、神様なのだということを
私たちは忘れてはいけないな・・・とも思います。



聖書の中には多くの
「神が人の心を動かした」事例があります。

出来事を通して心動かすこともあれば
ボロボロな嘆きの祈りの中で心が動かされ希望に変えられていく姿もあります。
(詩篇とか、ヨブとか、読んでいると本当に思わされます。)


心は自分で動かそうとすると
無理が出てきます。
いつわりだったり、表面的で、崩れやすい変化です。

先ほどの聖句にも「心動かされた」と受身形で書かれています。
何に影響されて動かされたかといえば、
間違いなく神様でしょう。

そして、神が成すなら、それはきっと完全!だと思うのです。





「そんなあいまいな祈り、意味あるのか?」と
思うかもしれませんが


是非やってみることをおススメします。



「神様、なんで私の心はこんなところでとまっているんでしょう?
どうして動かないんでしょう?自分ではどうにもできません。
神様、どうか私の心を動かしてください!そして、目を開いてください。」

もし、神様とあなたがつながっているのなら、きっと祈りは届くと信じています。




2017年7月28日金曜日

良き夫を得るかは、妻次第?

婚活というのは、

「ただお相手を探すこと」

だけではなく、

「理想の相手と出会った時のための準備」

も含まれている

と、私は思っています。

お見合いで紹介がなかなかなくても、出会う機会に巡り合ってないときでも
できることがあるのです。
それは、

運命の人にあった時のための準備
結婚生活のための準備

です。



もし、

あなたが女性で

素敵な男性と出会いたい。
リーダーシップがあり、男らしく、家庭の柱となってくれるような
頼り甲斐のある立派な男性を夫としたい。
そして、安定した家庭を築きたい。

そう、結婚生活、パートナーを思い描くなら

あなたにできることがある。


かつて、私が母から教えられた
「良き妻」となるための聖句を
シェアしたいと思います。


=箴言31女=


しっかりした妻をだれが見つけることができよう。
彼女の値うちは真珠よりもはるかに尊い。


夫の心は彼女を信頼し、彼は「収益」に欠けることがない。
(しっかりした妻をもつことは彼の収益に関わるということかもしれません。
逆に言えば、彼の収益をよくするには、しっかりした妻であること、ということかもしれません。)

彼女は生きながらえている間、夫に良いことをし、悪いことをしない。
(生きながらえている間・・・ということは、人生すべてをかけて、ということです。
夫がいいことをしてくれたから、妻が夫にいいことをする、、、のではなく、
妻がみずから、夫に良いことをし、悪いことをしない、のでしょう。夫をとても大事にしていることも伝わってきます。)

彼女は羊毛や亜麻を手に入れ、喜んで自分の手でそれを仕上げる。
(衣食住の「衣」に関して、彼女はしっかりと管理することができています。)

彼女は商人の舟のように、遠い所から食糧を運んで来る。
(衣食住の「食」に関して、彼女はしっかりと管理しています。家族が食べるものの責任を妻として、母としてもっています。)

彼女は夜明け前に起き、家の者に食事を整え、召使の女たちに用事を言いつける。
(これも、家族の生活の管理です。夫をはじめ家族の生活を整えるのが彼女の役目のようです。そのための知恵や配慮が発揮されています。)

彼女は畑をよく調べて、それを手に入れ、自分がかせいで、ぶどう畑を作り、
腰に帯を強く引き締め、勇ましく腕をふるう。
彼女は収入がよいのを味わい、そのともしびは夜になっても消えない。
(彼女は、ただ家事をするだけではなく、働き、収入を得ることもしています。自分のお小遣いのためではなく、家庭のための収入です。つまり、副業、共働き。そしてそれで家族も安心を感じているのでしょう。)

彼女は糸取り棒に手を差し伸べ、手に糸巻きをつかむ。
彼女は悩んでいる人に手を差し出し、貧しい者に手を差し伸べる。
(内職もしているようです。そして、奉仕をし、地域に対しても関わりを持ち、働きかけ、貢献しています。)

彼女は家の者のために雪を恐れない。家の者はみな、あわせの着物を着ているからだ。
彼女は自分のための敷き物を作り、彼女の着物は亜麻布と紫色の撚り糸でできている。
(生活の危機に対しても、ちゃんと備えをしています。彼女があらかじめ配慮し、備えたのです。これだけの先読み、配慮、備えは女性特有のセンスだなと思います。)

夫は町囲みのうちで人々によく知られ、土地の長老たちとともに座に着く。
(町囲み、というのは町の門で、町の重要な場所です。つまり、とても大事な、重要な仕事をしています。その中でよく知られ、長老たちとともに座に着くほど評価されています。
それを支えているのは、妻だということが、文脈からわかります。)

彼女は亜麻布の着物を作って、売り、帯を作って、商人に渡す。
(彼女は、農業だけでなく織物でも副業をしているようです。とても幅広い賜物を持っています。商人とやりとりできるほど、交渉術も持っている賢い女性のようです。)

彼女は力と気品を身につけ、ほほえみながら後の日を待つ。
(「ほほえみながら後の日を待つ」というのはおそらく、いつか来る裁きの日に与えられる、彼女の生きた時に対する神様からの褒賞を楽しみにしている、ということだと思います。私たちの希望と頑張る原動力は、まさにここにあるように思います。)

彼女は口を開いて知恵深く語り、その舌には恵みのおしえがある。
(まさに、この文、このまま)

彼女は家族の様子をよく見張り、怠惰のパンを食べない。
(怠けることなく、主婦としての仕事を全うし続けているということでしょう。)

その子たちは立ち上がって、彼女を幸いな者と言い、夫も彼女をほめたたえて言う。
「しっかりしたことをする女は多いけれど、あなたはそのすべてにまさっている。」と。
(そんな彼女の姿を、子供も夫もほめ、たたえ、尊敬してくれます。)

麗しさはいつわり。美しさはむなしい。しかし、主を恐れる女はほめたたえられる。
彼女の手でかせいだ実を彼女に与え、彼女のしたことを町囲みのうちでほめたたえよ。
(良き妻は、主をおそれる女性、です。「主を畏れることは知恵の初め。」と同じ箴言1章にもあります。良き妻になるヒントがここにあるかもしれません。)




人の力でこれほどの「良き妻」になろうと思ったら
大変だな・・・・

と思います。

とても自分にはなれないかも・・・

と思った時、

男性に対して「良き夫」をあまりにも求めるのも

自分もできないのに人にばかり要求するのは
分不相応なことかもしれない

男性だって「とても自分にはなれない」と思うかもしれない

と、想像することができます。


意外と盲点かもしれませんが
要求によって、人を変えることはできません。

でも、自分が変わることで、人も変わっていく
ということはあるのです。

そして、自分を変えられるのは自分だけ・・・

もし「良き夫」を得たいと願うなら
まず「良き妻」になることを祈り求めていく
そこに近づいていく
ということから、始められるかもしれない

と思うのです。



結婚生活5年・・・
本当に微々たるものですが
私も、それを実感しています。
私が成長することで、夫も成長します。
私が変化することで、夫も変化してきました。
そして、本当に本当に、ちょっとずつだけれど、
願った形に確実に近づいています。

そして、その要素を
私にも夫にも備えてくださり
導き合わせ、一緒にしてくれた
神様の配慮と知識に
感謝と感動を覚えます。


2017年7月23日日曜日

愛ある結婚ということは

いまだまとまらない頭の中で

いろんなことが駆け巡っています。

ものすごく高速でことばや考えがまわるので
私の場合は、それを整理するためにノートに書きます。

アウトプットすると、考えがまとまるのです。

なので、

今、ノートがすごいことになっていますが、
それを人に伝わる形になるまで
もう少し時間がかかりそうです。

その中でも
今日一日ずっと頭に残っていることを
少しここに書いてみようと思います。

それは


恋は落ちるものだけど

愛は意志だよね

だから、

愛ある結婚というのは

意志のある結婚、てことだよね

そして

結婚て、落ちるようにはしないな

結婚て、意志を持ってしないと できないよな

ということです。

なんとなく生きていても

結婚に当たる

ということはなくて

運命の人に出会うために…という時点だったり

お付き合いするか…という時点だったり

プロポーズしよう、受けた…という時点だったり

タイミングは違えど

結婚に至るどこかの時点で

意志を持たなければ
結婚には進まない

どこかの時点で
必ずなんらかを「決意」する

と思うのです。

その人を
愛することを

だれかを
愛することを

自分の意志で「決意」する。

そんな

能動的な
前向きな

何かが

必要かもしれない…

と思うのです。

それは、結婚だけじゃなくて

人生全般において、そうかもしれない。

周りの環境とか状況によらず
自分の在り方を自分で決意する

そして

私達の神様は

誰よりもなによりも
能動的に
積極的に
前向きに

私達を愛することを決意し
行動しつづけてくれている

そうでなかったら

今頃私は生きてない…
今頃どころか永遠に死んでたわ…

そんな風に、ふと

思いました。

2017年7月20日木曜日

お見合いパーティー無事終了

主の御名を心から賛美します。

7/17名古屋クリスチャンお見合いパーティー、無事に終えました。
オファーメールも無事送り終え、それぞれに次のステップに進んでいる・・・と思います。


いろいろありましたが、とにかく当日は最後まで守られ感謝でした。

参加者の皆様、ありがとうございました。
今回は、関東からも関西からも参加者がおり、距離を超えてその熱意を感じました。
また、初めての参加者の方も多く、私も新しい出会いに感謝でした。

おひとりひとりのために祈ります。

また、背後で祈ってくださった皆様、ありがとうございました。

本当に、皆様の祈りがあって、なんとか無事にやっています。
大きな事件もなく、トラブルもなく、ここまでこれているのは、本当に奇跡です。
祈り無くしては、サタンの攻撃から会を守ることはできない、と心から思います。

本当に、感謝です。ありがとうございます。


CCMの今後の展開は、まだ決まっておりませんが、

主催の私のスケジュール上、パーティーはこれで年内最後かと思います。

お見合いパーティーは、交わり会とは違い、当日までがかなり労力がかかります。
宣伝告知、申込み対応、参加者との連絡、情報の管理、相談への対応、当日の資料等の準備、などなどなどなど。
当日は、とてもデリケートな状態で集まるお一人一人に注意を払いながら、会の雰囲気に気を配りながら、会場準備、受付、遅刻者の対応、道案内、進行、サポート、片付けなど、緊張でいっぱいの数時間となります。
そして、本番以降のオファー対応や相談・フォロー等は長くて会の後1ヶ月ほど続きます。

かなり、精神的にも肉体的にも労がかかるのが、実はお見合いパーティーです。

高い参加費をとってるんだから、そのくらいやって当然だろう!
と、たまーに言われますが、
経費(特に宣伝広告費)にほとんど消えるのと、その後の交わり会やミニストリーの次の展開のために少しでもプールすると、
私自身には一銭も入りません。
つまり、サービス、フォローなど、お金に換算できないことに関しては、
完全にボランティアとなるわけです。(でも、そこが一番労力なんですけどね)

なぜ、多くの教団や教会が本格的なお見合いパーティーをやろうとしないのか、
わかる気がします(^ ^;)


というわけで、

交わり会などは、開催することが決まったらまたこのブログにてお知らせするつもりです。

そのときは、是非ご参加ください。

また、個人での相談はいつでも受け付けております。
HPの相談フォームから、ご相談ください。




今回のパーティーからも、いろいろなことを考えさせられました。
どうしたら、もっと交わりがしやすくなるのか。
どうしたら、婚活のメンタリティーは育つのか。
そのために、CCMで何をやっていったらいいのか、
何を伝えていったらいいのか、できることはなにか、

それを、今少しずつフィードバックしつつ、整理しています。


少し、ブログの更新がストップしてしまいましたが、
また、そのあたりを少しずつ言葉にして、
ここでお伝えして行きたいと思います。


是非、お祈りください。


今後とも、どうぞよろしくお願いいたします(^ ^)









2017年7月16日日曜日

明日のパーティーに向けて思うこと

いよいよ明日は、CCMクリスチャンお見合いパーティーです。

今回は、申込み受付の段階で、かなり波乱万丈な展開を迎えてきています。
これほど、準備段階であたふたしている会は初めてです。

とてもいろんなことを思わされ、祈らされます。


しかし、ずっとこのみことばが
私の中で何度もなんども、回っています。

「あなたがたはどこまで道理がわからないのですか。
御霊で始まったあなたがたが、いま肉によって完成されるというのですか。 
(ガラテヤ3:3)」

祈って祈って、信仰によって始めたこのミニストリー
祈って祈って、信仰によってここまで続けさせてもらってきたこのミニストリー
たくさんの奇跡、神の業、神の恵みを最前列でみさせてもらったこのミニストリー
完成させるのは、私の力ではない。

完成させるのは、神様だ。

今回の、お見合いパーティーも

一人一人の結婚も

私たちは、神様の語りかけや愛に呼応して
自分なりの努力をします。
行動できることは行動していく。
でも、最後に、完成させてくれるのは、神様です。

そのことを、忘れないで、
明日は会場に向かいたいと思います。

心から

心の底から

祈りつつ・・・


2017年7月11日火曜日

速報!お見合いパーティー、あと1名!

お見合いパーティー、キャンセルがでました!
あと1名、エントリー可能です!!

〈申し込みフォーム〉
https://ws.formzu.net/fgen/S99162387/

お見合いで意識する4つのポイント

お見合い、お見合いパーティーで
意識しておくべき4つのポイントを
みことばと共に、考えてみました。


1、マイナス思考、なにかや誰かの批判、問題提起という話題はナシ!


理由:聞いている人は、ほぼ初対面。そういう話は聞いていて、悲しい気持ちになる。
より話を聞きたいとも、相談に乗りたいとも思わないから。

とはいえ、ほとんどのそういう内容は、無意識に、つい口をついて出てしまうものです。

「愚か者でも、黙っていれば、知恵のあるものと思われ、その唇を閉じていれば、悟りのあるものと思われる(震源17:28)」


しかし、黙っていては、お見合いにならない・・・・


では、どうしたらいいでしょうか・・・?


それは

普段のマインドセットを変えていく・・・ことだと思います。

普段の自分の思考パターンを意識的に変えていくのです。

何かに不満を感じた時それを「問題だ、問題だ!」と思うのではなく
たとえば、神に預ける、たとえば、とりなしの祈りをして、ゆるす…

「そむきの罪をおおう者は、愛を追い求める者。
同じことを繰り返して言う者は、親しい友を離れさせる。(箴言17:9)」

「親切な言葉は蜂蜜、たましいに甘く、骨を健やかにする。(箴言16:24)」

「柔らかな答えは憤りを静める。しかし激しいことばは怒りを引き起こす(箴言15:1)」

日々を、マイナス思考や、非難、批判、問題視で、
埋めつくさないようにしてほしいと思います。

自分も人も嫌な気持ちになるし、日々が灰色になっていきます。

生きにくい今の世の中だからこそ、
そうであってはいけないように、私は思います。

「悩む者には毎日が不吉の日であるが、心に楽しみのある人には毎日が宴会である(箴言15:15)」

「心に喜びがあれば顔色を良くする。心に憂いがあれば気はふさぐ(箴言15:13)」

毎日楽しく喜びをもって生きているんだろうな、という感じは滲み出て
人に伝わります。(その逆も、またしかりです。)

一緒にいたら、一緒に暮らしたら楽しそうだな・・・
そんな人に、人はきっと惹かれるのではないでしょうか。

<普段の生活から、自分の思考パターンを意識的にプラスにしていく>

2、会話は焦らず、相手の目を見て


最近、大分福岡で大変な災害がありました。そのなかで、村で唯一のお医者さんだと言う方が、避難者のケアに立ち回っていました。そのお医者さんが言っていたことです。

「こういう時こそ、絶対に患者さんの目を見て話すんです。そうすると、ちょっと相手も落ち着くので。」

相手が同じように見返していなくても、視線というのは感じるものです。
「ちゃんと見てくれている」ということは、相手に安心感を与えます。

その上で、落ち着いて聞き、落ち着いて話す。

「良く聞かないうちに返事をする者は、愚か者であって侮辱を受ける。(箴言18:13)」

「熱心だけで知識のないのは良くない。急ぎ足の者はつまづく。(箴言19:2)」

焦ってしまうと、誤解を生む可能性もあります。
タイトな時間の中でも、落ち着いて、相手に良く聞き、目を見て対峙する
のがいいのではないかな、と思います。

<緊張しても、焦らずに、相手の目を見て、聞く、話す>

3、心を閉ざさない


初対面というのは、緊張するものです。
ましてや、お互いを知るとか伝えるという場・・・
「どんな風に見られるか。どんな風に思われるか。」
怖いですよね。

けれど、

だから自分を閉ざす・・・

というのは、得策ではないようです。

「おのれを閉ざす者は、自分の欲望のままに求め、すべてのすぐれた知性と仲たがいする(箴言18:1)」

相手に対して自分を閉ざしてしまうと、

「どうせこう思われてるんだ、どうせああなっちゃうんだ、
この人はきっとこういう人だ、こう思っているに違いない・・・」

自分の中で"決めつけ"や”思い込み”が進んでしまいます

思い込みや決めつけというものは、
「自分がそう思いたいから、そう思った方が楽だからするもの」です。

それは事実や現実とは、ちがう・・・かもしれませんよね?

相手がどう感じるかは、さまざまです。
そして、それをコントロールすることはできません。

<自分にできることは、心を閉ざさず、相手に向き合うこと>

ただし、心にあるものをただただ垂れ流しにするのは、
大人としての自己開示ではありません。

それは、共にいる人にとって親切ではない、と私は思います。

そこは、「ポイント1」を必ず意識するといいと思います。



4、相手を1秒でも笑顔に…を目指す


「つぶやかないで、互いに親切にもてなし合いなさい(ペテロ4:9)」

「何よりもまず、互いに熱心に愛し合いなさい。愛は多くの罪を覆うからです。(ペテロ4:8)」

「それぞれが賜物を受けているのですから、神の様々な恵みの良い管理者として、
その賜物を用いて、互いに仕え合いなさい(ペテロ4:10)

お見合いは、面接ではありません。
あなたは面接官でも受験者でもありません。
そして、どちらにもなっては、いけないような気がします。

目の前にいるのは、同じ神を信じる友です。
兄弟姉妹です。天国に行ったら必ず顔を合わせる仲間です。

一緒にいる短い時間でも、良い時間が過ごせるように、
自分に何ができるかな・・・と意識してみてはいかがでしょうか。




こういうとき、よく来る質問があります。

『意識してみて、頑張った・・・それでもオファーやいい返事がもらえなかったら??』

私は、そのとき、このみことばを思い出すのです。

「自分にしてもらいたいと望むとおり、人にもそのようにしなさい。
・・・彼らに良くしてやり、返してもらうことを考えずに貸しなさい。
そうすればあなたがたの受ける報いはすばらしく、あなたがたはいと高き方の子どもになれます。
なぜなら、いと高き方は、恩知らずの悪人にも、あわれみ深いからです。
あなたがたの天の父が憐れみ深いように、あなたがたもあわれみ深くしなさい。
(ルカ6章)」

自分がしたことの報いは、した相手からくるのではなく、天からきます。

神様の評価、を大事にしてみませんか?

「願った結果は得られなかった。でも、あそこでの私の姿は神様は見ててくださったよね。私の頑張り、神様は笑顔で見てくださり、神様はよくやった!ってきっと言ってくださるよね?!」と
そう言えるように、その点において後悔のないように、
頑張る。


そして、

報いは時間差でくることもあるということ、

自分の基準では報いは測れないこと、

自分がこれまで神から受けた報いや恵みのことを忘れないこと

を、覚えていられたらいいのかな、と思います。



お見合いも、お見合いパーティーも
精神的、そして、体力的にも、かなりハードな二時間です。

その時間が、すこしでも豊かでよいものとなりますように・・・

心の備えが、日々できますように・・・と

私も、心から祈りつつ・・・。




2017年7月10日月曜日

お見合いパーティー締め切りました。

ありがとうございます。

お見合いパーティー、定員に達しましたので、
一旦締め切らせていただきます。
キャンセルが出た場合は、またおしらせいたします。


たくさんの方がエントリーしてくださり、感謝です。

主に期待しつつ・・・

こられるお一人一人の心が整えられ、そなえられますように。

また、どうかこの会のために、お祈りいただければ嬉しいです。

よろしくお願いします。



2017年7月9日日曜日

お見合いパーティー、あと2名!!!

7/17のお見合いパーティーの現状報告・・・
キャンセルもでましたので、

定員まであと2名です。


しかも、現段階で男性の方が少し多いです!

ここにきて逆転現象が!!
男性がお見合いパーティーにこんなに集まるって、なかなかありません!
久しぶり参加の方、初参加の方もいらっしゃいます。

そして、女性は、全員CCMのパーティー初参加です。

あと2名です!!!


是非、この機会を活かしてください!

>>申込み・詳細は以下<<
https://chubu-christian-marriage.jimdo.com/party2017-0717/


お見合いパーティーは、あたりまえに開催はされません。

パーティーのメリットは、
必ず全員と顔と顔を合わせて話すことができることです。

普通の交わり会、集会、青年会では、
なかなか異性と1対1で話す機会はないかと思います。

たった10分でも、お互いに自分のことを話し、相手のことを聞くことができる。

そして、そこで良い印象がもてれば、連絡先を伝えたり受け取ったりできる

それはつまり、
2人でじっくり話して、よりお互いを知り合うチャンスを得られる
ということです。

※お見合いパーティーの中で、互いの全てを知らなくてもいいのです。
パーティーは「きっかけ」作りの場と心得ていただければと思います。

しかし、このチャンス、きっかけを得る機会は
やはり普段の教会生活や集会では、
ありそうでなかなかない・・・のではないでしょうか?

逆に、普段の教会生活や集会、社会生活で、そういう機会があるのであれば
パーティーに来る必要はさほどないと思います。

是非、よくよく検討してみてください!!!!


年内に、CCMでお見合いパーティーをやるかは未定です。
どちらかというと、やらない可能性が高いです。
(交わり会はやるかもしれませんが…パーティーほどのサポートはありません。)

だから、どうか、この機会を活かしてほしいと
主催者として心から願い、祈っています。

あと2名です!


お待ちしております。

>>申込み・詳細は以下<<
https://chubu-christian-marriage.jimdo.com/party2017-0717/

同じ島国だけど

先日、ひょんなことからフィリピン人のクリスチャンの方と
友達になった。

彼は、とてもオープンで
ほとんど日本語は話せないけれど
ちょくちょく日本に来ては
だれにでも話しかけ
楽しそうに伝道をする
あつい信仰と確信をもっていて
日本で仕事をしながら
日本における福音伝道に携わりたい
と願い祈っているという

とにかく、壁を作らず
だれにでも話しかけ
若い子には「教会に来続けるんだよ!何より大事なことだから!」と
語りかける。
教会のトラクトをいっぱいもらっていき
1週間の間にいろんな人に配ったという。

音楽の賜物のある彼は
教会で飛び入りで賛美を捧げたい、と言った。
とても自由な、そして心からの捧げる思いだと思う。

彼の小さなその願いは
日本のトラディショナルな教会には
受け入れてもらえなかったのだけど・・・。

その教会には教会のやり方があり
礼拝の捧げ方やプログラムは
最善の礼拝を捧げるために考え抜かれたもので
神への忠誠をあらわすためにも
簡単に変えられるものではない
のだと思う。
決められたことを、きちっとやる
それが、神様への最善な向き合い方だ、ということなのかもしれない。

何が言いたいかというと

どちらがいいとか悪いとかいうことではなくて

それぞれの土地柄と民族性があるな

と思った。

フィリピンも日本も
同じ島国だ。

でも、考え方は全然違う。

それは、気候によるのかもしれない。
国の歴史的背景もあるかもしれない。
同じ島国だけど、
フィリピンは、マレー半島を通じて、ヒンズー教、イスラム教、さまざまな文化が流れ込み、スペインの植民地になったり、アメリカの統治下になったりした。
日本は、鎖国時代もあったりして、思いっきり宗教や文化が流れ込んで影響されたり、完全に他の国に支配されたこともない。日本の独自性を比較的維持できたのかもしれない。
ゆえに、オープンさや臨機応変さ、対外的な姿勢については、違いがあるのかもしれない。

どちらにも良さがあると思うけれど、
その2つが接するときに
最初はどちらの常識も通じない、ということは当然だと思う。


同じ、日本の中でも、そういうことはあるかもしれない
と、
ふと思った。

関東と関西では、同じ日本だけれど感覚は全然違う。
土地柄、気候、その土地の歴史があるから、違いがあって当然だ。


けれど、
永遠に分かり合えないのだろうか。

わかりあえないなら、関わらなくていい・・・のだろうか。


きっと昔、多くの宣教師の人たちが
この問題にぶつかったに違いない。
もしかしたら、フィリピン人の彼が感じるような
もどかしさも感じたかもしれない。
けれど、宣教師たちは、大事なことを伝えるために
互いに理解し合い、国を超えて神の家族となるために
その違いを理解し超えていく努力を続けた。
そして、日本に福音が広がり、教会が建て上げられ、
現代のクリスチャンの私たちはその恩恵を受けている。

フィリピン人の彼も、日本への働きの想いは消えていない。
きっと道はあると信じている。そして、今できることをしている。


違いがあっても、最初は簡単には分かり合えなくても
それは「絶対に超えられないもの」ではない。
そして、そこから広がる何か、というものがある。


日本のクリスチャンの婚活を思うとき、
1つの土地にとどまった婚活は、難しいことがある。
その地を離れるべき、べきではない、ということは
私には言えない。

けれど、
土地を離れたくない理由、
他の土地の人はちょっと・・・という理由、
他の教団今日はの人はちょっと・・・という理由
他の世界の人はちょっと・・・という理由が

単に、違いによる恐れ・・・だとしたら

なんというか

もう一度考えてみてほしいな

と、ちょっと思うのだ。

そんなことを

笑顔の素敵なそのフィリピン人の友達との触れ合いから
思わされた。


そういえば、
今回のお見合いパーティーは
中部はもちろん、関西、関東からも参加者が集まっている。
地域のボーダーを超えて、
何かが起こるかもしれない
と、期待して祈っている。

定員まで、あと3名です。

7月17日(月祝)
CCMクリスチャンお見合いパーティー
>>>お申し込みはこちら<<<


7月17日(月祝)
CCMクリスチャンお見合いパーティーを開催します!!
>>>お申し込みはこちら<<<


日時:7月17日(月祝) 
12:30受付開始 13:00~15:00

場所:覚王山レンタルスペース ブギ(地下鉄東山線「覚王山」3番出口から1分)
愛知県名古屋市千種区観月町1-20-1パークアベェニュー覚王山 901

料金:7000円(前払い)※銀行振込、クレジット(Paypal)

参加資格:25歳以上50歳以下、受洗した独身クリスチャンの方
男性ー無職ではない方、重度の精神疾患のない方
女性ー自立生活ができる方、重度の精神疾患のない方

内容:お祈り、進行説明の後、グループトーク、1対1のお見合いトークをし、最後にオファーカードを提出します。

人数:先着20名程度 完全予約制 (最低催行人数 男性3名女性3名)
※最低催行人数に達しない場合、開催を中止した場合は、全額返金をいたします。
それ以外の場合は返金はしておりませんので、ご理解の程よろしくおねがいします。

※お申込みは必ず参加されるご本人様がおこなってください。

>>>お申し込みはこちら<<<

2017年7月7日金曜日

不可能といわれるものが実現した

CCMに関わった方、またCCMで婚活していた方々の
婚約報告をいくつかいただき
主催者として、とても励ましを受けています。

報告に含まれるどのストーリーにも神様の栄光を感じます。

だから、とても嬉しいです。

婚活において、不可能・・・といわれることが
実現してしまいました。


婚活やお見合いで
一度出会って、付き合った人と別れたら、
もう復縁はない・・・

と言われています。

確かになかなかないケースです。
おそらく、主催者や仲介する人も
一度別れた2人を引き合わせることは、
ほぼないでしょう。
(だって、リスクが高すぎる。)


ところが、
CCMで これが起きました。

お二人が別れてから
再会するまで
約一年、時間が置かれました。

その一年の間に
2人は決して会うことなく
それぞれに別の方向を向いて
積極的に婚活をしていました。

お二人の事情を知っていたので
私も会わせないようにしていたし
それぞれの婚活を応援しサポートしていました。

でも、
それぞれの道、婚活、不思議なくらいにうまくいかない・・・
そして
その一年の中で、それぞれが成長し変化しているのが
見える。

同じ2人だけど、
今、会ったら、ある意味新しい出会いになるかもしれない


祈りに祈りに祈りに祈って
サポーター生命を失う覚悟で
慎重にヒアリングしながら
お二人の再会の場をもうけました。

そのときの、
お二人の輝かしいキラキラした顔を
私は忘れることができません。

ずっと会いたかった人に出会えた
そんな感動がそこにありました。

再開後、再びお付き合いすることになりました。
付き合い方も以前とは違い
よりコミュニケーションをとり、
より心を開示することに取り組むようになり
絆は深まったようです。

先日、婚約式を終え、秋に結婚式なのだそうです。



神様が結びつけたものを、引き離すことはできない。

そんなみことばを思い出しました。
本当だな、と思います。

そんな奇跡を、最前列で見させていただいたこと
神様は人の常識を超えていることを再認識させてもらったこと
神様のなさることに不可能ってないんだってこと
本当に感謝です。

愛は 寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。
 愛は自慢せず、高慢になりません。
 礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、
 怒らず、人のした悪を思わず、
 不正を喜ばずに真理を喜びます。
 すべてをがまんし、すべてを信じ、
 すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。」

アーメン

是非、主を仰ぎつつ、
結婚を祈り求め、歩みをすすめてください。

7月17日(月祝)
CCMクリスチャンお見合いパーティーを開催します!!
>>>お申し込みはこちら<<<



<CCMクリスチャンお見合いパーティー>

今回は、初参加の方が多いです!新しい出会いがあります!
特に男性の方、是非ご参加ください!!

日時:7月17日(月祝) 
12:30受付開始 13:00~15:00

場所:覚王山レンタルスペース ブギ(地下鉄東山線「覚王山」3番出口から1分)
愛知県名古屋市千種区観月町1-20-1パークアベェニュー覚王山 901

料金:7000円(前払い)※銀行振込、クレジット(Paypal)

参加資格:25歳以上50歳以下、受洗した独身クリスチャンの方
男性ー無職ではない方、重度の精神疾患のない方
女性ー自立生活ができる方、重度の精神疾患のない方

内容:お祈り、進行説明の後、グループトーク、1対1のお見合いトークをし、最後にオファーカードを提出します。

人数:先着20名程度 完全予約制 (最低催行人数 男性3名女性3名)
※最低催行人数に達しない場合、開催を中止した場合は、全額返金をいたします。
それ以外の場合は返金はしておりませんので、ご理解の程よろしくおねがいします。

※お申込みは必ず参加されるご本人様がおこなってください。

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2017年7月5日水曜日

”期待”することと”信じる”ことのちょっとした違い

ふと

未来を”期待する”ことと
未来を”信じる”ことは
違うのかもしれない・・・

そんなことが頭をよぎりました。

”期待する”というのは
ある一定のヴィジョンとか願い事があって、
それが実現する、叶うということを
イメージし続ける・・・期待する
ような気がします。

だから、それが、そうでなかったとき
”期待”はずれ、が起こって
がっかりしてしまう。


”信じる”というのは
一定のヴィジョンや願い事はあるのだけど
それを超えて、なにかはわからないけど
なにかしら起きて、それはきっといいことだと
信じる。
何が起きるかわからないけど、あ!これだったのか!
と発見とか吸収することがあるだろう
ということを楽しみにする。
だから、
未来に歩を進めてみて、おお!こんなことにであったぞ!
なるほどいい学びになった!いい出会いになった!
と発見とか、感動があって、
感謝の気持ちが自然とわいてくる。

そういうもののような気がします。


たとえば、
お見合いパーティーで、得たものがゼロではなかったのに
がっかりするのは、”期待”してたものからははずれたから
かもしれません。

たとえば
ノープランだけど、使命や一貫した想い(スピリット)をもちながら
知らない土地へいき
知らない人と触れ合い、
そこで発見や出会いがあって、自分の想いが通じる話ができたりしたとき
”神様が導いてくださった””信じててよかった”という気持ちになる
かもしれません。


どちらが、より心が疲弊しないか
といえば
たぶん”信じること”だと思います。

具体的なものをイメージしすぎない、
わからないところへ進む、見たこともないものを期待する
というのは
とても心許なく感じるかもしれません。

けれど、自分の小さな枠の中でヴィジョンを描き
願い期待し・・・というのは
どんどん世界を狭めてしまうのではないでしょうか。

世界を狭めてしまうということは
可能性を小さくしていってしまうということ
ではないでしょうか。


クリスチャンの婚活においては
その絶対数が少ない分・・・少ないからこそ
可能性を広げたいならば
冒険が必要になってくるように思います。


見たことのないものを”信じる”・・・


見たことのないものって?


それは、
自分が見たことのあるもの以外のもの
自分が経験したこと以外のもの
自分が聞いたこと以外のもの
自分がイメージしたこと以外のもの

です。

見たこと、経験したこと、聞いたこと、イメージしたこと
を除外してみたら

何が残るでしょう?


それが
「新しい可能性」
だと思います。



新しい可能性に、ぜひ出会いに来てください。

7月17日(月祝)
CCMクリスチャンお見合いパーティーを開催します!!
>>>お申し込みはこちら<<<



CCMクリスチャンお見合いパーティー

日時:7月17日(月祝) 
12:30受付開始 13:00~15:00

場所:覚王山レンタルスペース ブギ(地下鉄東山線「覚王山」3番出口から1分)
愛知県名古屋市千種区観月町1-20-1パークアベェニュー覚王山 901

料金:7000円(前払い)※銀行振込、クレジット(Paypal)

参加資格:25歳以上50歳以下、受洗した独身クリスチャンの方
男性ー無職ではない方、重度の精神疾患のない方
女性ー自立生活ができる方、重度の精神疾患のない方

内容:お祈り、進行説明の後、グループトーク、1対1のお見合いトークをし、最後にオファーカードを提出します。

人数:先着20名程度 完全予約制 (最低催行人数 男性3名女性3名)
※最低催行人数に達しない場合、開催を中止した場合は、全額返金をいたします。
それ以外の場合は返金はしておりませんので、ご理解の程よろしくおねがいします。

※お申込みは必ず参加されるご本人様がおこなってください。

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2017年7月3日月曜日

社会問題と個人の問題

婚活のサポートをしていると

今の社会はこういう傾向があるから・・・
婚活業界は今こうだから・・・
クリスチャン業界が今こうだから・・・

という、傾向だとか、統計だとか、
そういう話を耳にします。

実際に、おおきな枠で見たときに
傾向だったり、流れだったり、ある種の数字があるのは
事実です。

社会全体でみたときの、見えるものというものが
確かにあると思います。

例えば、
20代からお見合いやパーティーにきて婚活を始める人が増えている、とか
年収が高い、経済的安定力がある人が有利だとか
障害や病があると難しいとか

あるにはあると思うのです。



けれど、この傾向とかのことを
私は、あまり意識しないようにしています。

なぜなら、
それらが
全ての個人にあてはまるかといえば、そうでもないからです。

40代、50代で、結婚に導かれる人も実際にいる
年収が高くなくても、経済的安定がなくても結婚する人は実際にいる
障害や病を持ちながら、結婚する人も実際にいる

実際にいるんです。



傾向はあくまで傾向です。

そして、個人はあくまで個人です。


一人一人違うし、
一人一人別の人生を神様は用意しているのです。



ダイエットトレーニングを受けながら
トレーナーさんに口酸っぱく言われるのは

「一人一人体は違うから、自分の傾向に気づいていって、
自分にあったトレーニングをしなければ意味がない。
ちゃんと、自分の体に効いているのかが大事なんだ!」

ということです。


人生だって、きっと同じだと思います。


それぞれの人生に、
それぞれのキャラクターに、
それぞれの傾向があります。
それをちゃんと見つめて
自分に一番あったパートナーを祈り求め
自分に一番合った婚活をすればいいと思うのです。


もし、うまくいかないとき

一般常識といわれるようなものや
社会問題といわれるようなものを

自分に引き込みすぎない方がいいと思います。

それは、きっと、ただの言い訳になってしまうから・・・。


自分の結婚は、自分の問題です。
自分の人生は、自分だけのものです。
それらに対しては、自分だけが責任を負っているのです。

聖書の中で

ノアは、他の人全員が「洪水なんて信じない」という状況の中で
神の言葉を信じて、箱舟を作りました。

モーセは、他のイスラエルの民のほとんどが「こんな荒野にくるんじゃなかった」と
嘆く中、神の導きと臨在を確信して民を説得し、神にとりなしをしました。

ステパノは、他の律法学者仲間たちにどれだけ反対され罵られても、キリストを信じ、そのことを貫きました。

多数の意見、世の流れにかかわらず
自分と神様の関係、そしてそこにある人生をしっかりと見つめる
そのことが、一番確かなような気がします。

いつの時代も、神につく者が祝福を得る・・・
この原則はかわらない
と、私自身は信じています。



7月17日(月祝)
CCMクリスチャンお見合いパーティーを開催します!!

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日時:7月17日(月祝) 
12:30受付開始 13:00~15:00

場所:覚王山レンタルスペース ブギ(地下鉄東山線「覚王山」3番出口から1分)
愛知県名古屋市千種区観月町1-20-1パークアベェニュー覚王山 901

料金:7000円(前払い)※銀行振込、クレジット(Paypal)

参加資格:25歳以上50歳以下、受洗した独身クリスチャンの方
男性ー無職ではない方、重度の精神疾患のない方
女性ー自立生活ができる方、重度の精神疾患のない方

内容:お祈り、進行説明の後、グループトーク、1対1のお見合いトークをし、最後にオファーカードを提出します。

人数:先着20名程度 完全予約制 (最低催行人数 男性3名女性3名)
※最低催行人数に達しない場合、開催を中止した場合は、全額返金をいたします。
それ以外の場合は返金はしておりませんので、ご理解の程よろしくおねがいします。

※お申込みは必ず参加されるご本人様がおこなってください。

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2017年7月1日土曜日

ひろがりを思う

関東での結婚を祈るクリスチャンの交わり会も
もうすぐ3回目を迎えようとしています。

毎回、新しい方の参加があります。

いろんな方法でインターネットを検索し、たどり着き

「結婚を祈り始めました」
「最近婚活をしていて・・・」
「なんとなく・・・」

いろんな思いと経験をもって、参加してくださいます。

こうして、新しい場所で、

交わりの機会がうまれていること

与えられていること


不思議だなと思うと同時に
感謝だな、と思います。


私がしていることは

とてもシンプルで


ただ場所と時間を決めて
それを告知して必要な人が知ることができるようにする
交わりの場では、
ほとんど話を聞いているし
必要であれば自分の話を少しする

そんな感じです。


置かれた場所で

導きに応じて

ただできることをする。



たったこれだけのことだけれど


神様は御心のままに
広げてくださる

それはすごく感謝だし
ちょっと感動しますね。



CCMも
3、4年ほど前に
そうしてはじまりました。

そして、

神様が広げてくださった。



広がれば
それなりに、
ちょっとした問題だったり面倒だったり
ちょっとした試練めいたものはあるけれど

実際は、さほど恐れることも
もう辞めてやる!!と思うほどのことはなく

広げてくださる神様は
守ってもくださっている、と思うのです。


CCMもKCMも
どうなるかわからないけれど

私は神様の御業を
できるだけ最前列で
見ていくことができたら
と思います。


7月8日は関東でクリスチャンの交わり会があります。
http://blog.livedoor.jp/believers_kekkon/archives/cat_38706.html

7月17日は、名古屋でクリスチャンのお見合いパーティーがあります。
https://chubu-christian-marriage.jimdo.com/party2017-0717/

どちらも祝福された時となるように
お祈りいただけたら嬉しいです。


2017年6月29日木曜日

嫌になる瞬間に前を向くには

たまに

「ちきしょう!
なんでこんな痛い思いまでして
こんなこと頑張ってんだ!
くーー!!!」

と、涙が出そうになること
ありますよね。


つい最近、
本当にそんな思いが
わーっと迫ってくるのを
感じました。

痛い思いして
頑張っても
実らない可能性だってある

でも、
目の前のこと
どうしてもやらなきゃいけない
この扉は開けなきゃならない
この部屋には入らなきゃいけない

緊張と不安と焦りと
いろんなものがないまぜになって

こんな思いをするくらいなら
こんな思いをして実りがないかもしれないなら
もうやめた!いいよ、もうやめた!!って
なってしまいたくなる・・・


そんなとき・・・・・・




どうしたら

いいだろう?





そのとき

私が思ったのは


でも、
今しか、できないことだから
今、できることだから
神様がくれた扉(チャンス)だから

どんな結果であっても

前に進むことが

神様への返事になるんだ
神様がくれたものへの呼応になるんだ

少なくとも
そこには
価値があるよね


ということ

それと


足を前に出せば
とりあえず前に進む


ということでした。




追い詰められた時は
とてもお手本のようには
信仰的にはなれないけれど


嫌になる瞬間に前に向くには


とりあえず

前を向く

神様もいるし



そんな感じでもいいんじゃないかな、と思ったりします。

7月17日(月祝)
CCMクリスチャンお見合いパーティーを開催します!!

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日時:7月17日(月祝) 
12:30受付開始 13:00~15:00

場所:覚王山レンタルスペース ブギ(地下鉄東山線「覚王山」3番出口から1分)
愛知県名古屋市千種区観月町1-20-1パークアベェニュー覚王山 901

料金:7000円(前払い)※銀行振込、クレジット(Paypal)

参加資格:25歳以上50歳以下、受洗した独身クリスチャンの方
男性ー無職ではない方、重度の精神疾患のない方
女性ー自立生活ができる方、重度の精神疾患のない方

内容:お祈り、進行説明の後、グループトーク、1対1のお見合いトークをし、最後にオファーカードを提出します。

人数:先着20名程度 完全予約制 (最低催行人数 男性3名女性3名)
※最低催行人数に達しない場合、開催を中止した場合は、全額返金をいたします。
それ以外の場合は返金はしておりませんので、ご理解の程よろしくおねがいします。

※お申込みは必ず参加されるご本人様がおこなってください。

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2017年6月27日火曜日

ひとつのゴール

先日、ある女性がガンでこの世を旅立ちました。
そのことはニュースにひっきりなしに流れていて、
彼女のお人柄、旦那さんのお人柄、ご家族の様子を通して、
胸が痛く悲しいさみしい気持ちになりました。

そして
誰にもくる「その時」のことに
向き合わざるを得ない…
そんなことを思いました。

ふと、昨年、ガンで召天した祖母のことを思い出しました。
亡くなる5年ほど前に、再生不良性貧血を発症し、
それでも基本的には元気で頭も冴えていた祖母でしたが、
亡くなる半年前に大腸等のガンが見つかりました。
本人の希望が、手術や医薬治療はしない、痛いのだけ取り除いてほしい、
ということだったので、
ちょこっと手術でガン切除したのみで、
あとは在宅医療で看護していました。
結局、最後は、万が一で予約していたホスピスに入り、
とてもとても穏やかに旅立ちました。

自分も、
できるだけ家族に迷惑をかけず
でも家族に見送られて
穏やかに
この世におけるゴールを迎えたいな
そんな風に思います。

そのために
何を備え
どうしていけばよいか
自分がどうあればいいか
本気で考えたりします。

自分に何かあったとき
自分一人では何もできない
体の弱さは、一番無力を感じます。
そして、実際、無力になります。

でも、できれば
親にも夫にも負担をかけたくないなぁ、
と思います。

実際は負担をかけてしまうのでしょう。
きついのは、お金よりも労力・・・。
祖母の在宅看護で、介護する家族が本当に寝られなくて倒れそうになっているのをみました。

労力をかけてもらうということは
時間もかけてもらうということ。
これはとても負担になります。

だから、せめて
精神的には強く…
わがままを言わずにすむように
聖書を頼りに心は強くありたい。

ここからは、私個人の思いです。
もし、私がたおれたら、
お世話はプロに任せて
家族とは、よい時間をできるだけ共有したい。
夫とはとくに、いい時間を過ごしたい。
人の世話をできるほど器用ではないし、
ちゃんとお仕事を続けてほしいし、
彼の人生を壊したくはない。
もし、自分が先に旅立っても、続くであろう彼の人生が狂ってしまわないように…。
自分の介護のために、仕事やめたりしないでほしい。再就職の厳しい今の時代だからこそ、今の仕事は大切にしてほしい。

早期な発見や対応で、負担が軽くなるなら、
検査もしていいと思うし
ベストな治療法を必死でさがす。
病気や障害を知り向き合うのはたしかに怖いけれど…
個人的な怖れとかそういうのは、
一旦横において…向き合いたい…。

なんか、そんなことを思い巡らしたのでした。

皆さんは、こういうこと
考えたりするのでしょうか。

私自身は
意外と、リアルに、真剣に、
こういうことを考えることが
しばしばあります。

想像するのは怖いかもしれないけれど
もし本当にそうなったときに
ちゃんと心構えと準備ができていたら
パニックにならずに済むような気がするので。
そして、
巻き込まざるをえない周りの人のためにも
配慮ができるような気がするので。

いつかくる「ひとつのゴール」にむけて
自分ができることはなにか、どうありたいか

そして、できることをやる。

誰しもが、絶対、必ず迎えるその未来…
私たちが全員向かっているそのゴール…

いつ迎えるかわからないからこそ
今、本気で考えてみるべきかもしれない

と、あらためて思わされました。


7月17日(月祝)
CCMクリスチャンお見合いパーティーを開催します!!



日時:7月17日(月祝) 
12:30受付開始 13:00~15:00

場所:覚王山レンタルスペース ブギ(地下鉄東山線「覚王山」3番出口から1分)
愛知県名古屋市千種区観月町1-20-1パークアベェニュー覚王山 901

料金:7000円(前払い)※銀行振込、クレジット(Paypal)

参加資格:25歳以上50歳以下、受洗した独身クリスチャンの方
男性ー無職ではない方、重度の精神疾患のない方
女性ー自立生活ができる方、重度の精神疾患のない方

内容:お祈り、進行説明の後、グループトーク、1対1のお見合いトークをし、最後にオファーカードを提出します。

人数:先着20名程度 完全予約制 (最低催行人数 男性3名女性3名)
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それ以外の場合は返金はしておりませんので、ご理解の程よろしくおねがいします。

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2017年6月24日土曜日

状況を把握する


悩んだ時

もどかしい時

なんだかわからないけど
ぐちゃぐちゃ
もやもや
した時


私は1つ大きく深呼吸をして

ノートを開きます。


そして、

「今私はどこにいるのか」
「今、頭の中になにがあるのか」
「客観的にみて、どういう状況か」

を、1つ1つ細分化して
書いてみます。


今すぐ
なにもできないとしても
動けないとしても
今自分がどういう状況にあるかを
把握することはできます。

動き出すGoサインは
神様が出すかもしれないけれど
その時を待つ間に
私たちにできることがあると思うのです。


それこそが、

「状況把握」

です。



創世記の「ノアの洪水」で有名なストーリーの中に
40日40夜の雨と地下水の噴出で世界が水に沈み、さらに150日続き
やっと水が引き始めるも、外の状況はわからず、外に出るタイミングを
箱舟の中にいるノアとその家族と同乗するものたちは待っていました。

箱舟を作り入ることを導いたのも、
後ろ手に箱舟の戸を閉じたのも神でした。

だから、出るのを導くのも
扉を開くのも、神・・・のはずです。

その時を待ちながらも
ノアは外の状況を把握するために
カラスと鳩を小窓から放ちました。

最初は、カラス。
しかし、カラスは雑食で
水に浮かぶ、力尽きたいろんなものにとまったり、
それを食べたりして
外で長く生きることができます。

ちょっと、状況を把握するには
最適とは言えませんでした。

そして、次にはなったのが鳩。
鳩は、水に浮かぶ力尽きたいろんなものを食べたりはできません。
(故にきよい動物と言われているようです)
だから、すぐに帰ってくる。

外の状況を把握するにはより適した方法だったようです。

そして、何度か放ちながら、
オリーブの葉を持ち帰ったり、
ついには帰ってこなくなったり、
を通して
状況の変化を知ることができました。

ノアは
状況を知ったからといって、
自分で判断し、扉を開けて外に出ることはしませんでした。

自分の判断は所詮、知識の一部でしかなく絶対ではないこと、
GOサインは、ちゃんと神様が出してくれることを
信じていたのでしょう。


神様のGoサインや明らかな示しを
待つ間というのは
それはそれはもどかしいです。

でも、その間に、
状況を把握することは
許されているのかもしれません。

それは、私たちにとって
待つ間の安心にもつながります。

そして、神のみわざの軌跡をみられる
という恵みもあると思います。


もし、

迷った時
不安になった時
モヤモヤした時



大きく一呼吸して

状況を把握する。

客観的に今の自分の状況と周りの様子を
観察してみる。

カラスだったり鳩だったり・・・のように
いろんな観察方法を試して
いろんな角度から、その状況を観てみる。

ということをしてみてはいかがでしょうか。


気づかなかった、ヒントに出会えたり
平安が与えられたり
するかもしれません。

きっと、与えられると思います。



7月17日(月祝)
CCMクリスチャンお見合いパーティーを開催します!!

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日時:7月17日(月祝) 
12:30受付開始 13:00~15:00

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男性ー無職ではない方、重度の精神疾患のない方
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※最低催行人数に達しない場合、開催を中止した場合は、全額返金をいたします。
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2017年6月22日木曜日

リーダーシップ

きづけば6月もあと少しですね。
変わりやすい天気の中、お一人一人の体調が守られますように!


さて、今日は、
『リーダーシップ』について
少し書いてみようと思います。

リーダーシップ・・・というと
人を引っ張る力、統率する能力、カリスマ性・・・
みたいなものをイメージするかと思います。
そして、多くのクリスチャン女性が、クリスチャン男性に求めるもの
の1つでもあるかと思います。

しかし、今は
『リーダーシップ』の概念は
実はもう少し深くて
実は、リーダーだけでなく全ての人がもつべきもの
となってきているようです。


ドラッカーは『プロフェッショナルの条件』の中で、
以下のように言っています。
「リーダーシップとは、組織の使命を考え抜き、
 それを目に見える形で明確に確立することである。
 リーダーとは目標を定め、優先順位を決め、
 基準を定め、それを維持する者である」

「リーダーたることの第一の要件は、リーダーシップを仕事と見ることである」

この視点は、組織のトップに立つリーダーが持つべきなのはもちろんですが、
リーダー以外の人が「リーダーシップ」を身につけないでもよいかというと、
そうではありません。

チーム内における自分の責任を明確にし、自分の役割を率先してこなし、
時に優先順位を明確にしたり、的確な判断を得るために指示を仰ぎ、
他のメンバーと協力して、結果を作り上げていくことは、
そのチームに属する全員が行うべきことだと思います。

つまり『リーダーシップ』とは
・そのチームで向かう先、使命を考えること
・そのヴィジョンを説明できるようにすること
・そのヴィジョンに向かうために優先順位やルールを考えること
・役割分担を見極めること
・自分の役割を果たしつつ、仲間を励ますこと
・率先してコミュニケーションをとること

なのだと思います。

これは、トップだけが意識して実行し、
他の人はその指示にロボットのように従っていればいい・・・

というものではなくて、

一人一人が持つべきマインドなんだと思います。

一人一人がこのマインドを持っていたら、
すごくチームは上手く回るような気がするのは
なんとなく想像できます。


ふと

リーダーシップと聖書的「仕える」は似ているな、と思いました。

一人一人が体の器官である、と聖書にあります。
でも、体の器官が自分の役割を把握し、
他の器官との関係性やバランスや優先順位がわかり
その秩序を守りながら機能しなければ
体は健康に動くことができません。
そして、ヴィジョンは頭であるキリストが示してくれています。

『リーダーシップ』は
結婚生活、夫婦関係に大いに役立つマインドだと思います。

のみならず、

婚活にも大いに役立つ、と思います。


古い『リーダーシップ』概念を引きずって
相手にそのリーダーシップを押し付けて

この人にひっぱってもらえるか
この人にぶら下がれるか
この人に寄りかかれるか
この人は甘えさせてくれるか
この人はぐじぐじした自分でもゆるしてくれるか
この人なら自分のぐちゃぐちゃを見逃して受け入れてくれるか

と考えるのではなく


新しい『リーダーシップ』の概念をもって

この人と良い関係を築きつつ、コミュニケーションをとりつつ
一緒に互いを思いやりながら、自分の役割を果たしながら、相手の役割を励ましながら
共に生活を営んでいこうと思えるか・・・

そんな視点で

誰かと向き合ってみたら、
なにか新しい気づきがあるかもしれません。
新しい出会いに気づくかもしれません。


リーダーシップとは、
ほかならぬ自分が持つもの
そして
自分も持つことができるもの

そう意識してみると
なんだか姿勢が変わる気がしますね。


7月17日(月祝)
CCMクリスチャンお見合いパーティーを開催します!!


日時:7月17日(月祝) 
12:30受付開始 13:00~15:00

場所:覚王山レンタルスペース ブギ(地下鉄東山線「覚王山」3番出口から1分)
愛知県名古屋市千種区観月町1-20-1パークアベェニュー覚王山 901

料金:7000円(前払い)※銀行振込、クレジット(Paypal)

参加資格:25歳以上50歳以下、受洗した独身クリスチャンの方
男性ー無職ではない方、重度の精神疾患のない方
女性ー自立生活ができる方、重度の精神疾患のない方

内容:お祈り、進行説明の後、グループトーク、1対1のお見合いトークをし、最後にオファーカードを提出します。

人数:先着20名程度 完全予約制 (最低催行人数 男性3名女性3名)
※最低催行人数に達しない場合、開催を中止した場合は、全額返金をいたします。
それ以外の場合は返金はしておりませんので、ご理解の程よろしくおねがいします。

※お申込みは必ず参加されるご本人様がおこなってください。

2017年6月19日月曜日

伴走者

★7月17日(月祝)CCMクリスチャンお見合いパーティーを開催します!!★
>>>詳細はこちら<<<


若い頃は、

だれかに教えを乞うとか、質問するとか、
指導してもらう、ということが
すごく苦手でした。

それは、たぶん、
できない自分を認めたくないとか
できない自分が恥ずかしいとか
そういう、どうでもいいプライドが
あったからだと思います。

今、
とある通信講座での聖書の学びと、
とあるダイエットモニターをやりながら

成長するために
とにかく「教えてもらう」
ということを
体験しています。

しかも

どちらも、一方的に教えてもらうというのではなく
まず
自分でやってみるという主体的なことがあり
それに指導者がしっかりついて
いい方向へ行っているか、修正した方がいいか
教えてくれる、という感じです。

聖書の学びは、レポートを月に2度出します。
ちゃんとそこに、採点とコメントがついて返ってくるので
あ、ちゃんと理解できてたんだ、と安心することができます。

ダイエットモニターは、トレーナーさんに
細かく報告し、そして必ずそれに対しコメントがかえってきます。
聞きたいことはなんでも聞けて
それらに、真摯に向き合い、惜しみなく教えてくれます。
(無料モニターなのに、ありがたすぎる)

どちらも、先生、トレーナーさんという
『伴走者』
がいることで、
すごく頑張れます。


人は、

1人では頑張れないんだな・・・


忍耐力のない私なので、

あらためて痛感しました。


どうして今まで
もっと、だれかに
一緒に走ってもらわなかったんだろう・・・

いじっぱりだった過去の自分を
もったいないなぁ、と
今更ながらに思ったりします。



婚活も、

ひとりでがんばるのは

辛いですよね。

経験者だから、よくわかります。


もし、よい伴走者がいたら、
道を間違えた時に教えてくれたり
くじけそうな時に応援してくれたり
頑張るポイント(坂道)息抜きポイント(給水所)を
一緒に考えてくれたり
乗り越えた時に喜びを分かち合えたり

そういうことができたら・・・
もっと、前に進みやすいような
気がしませんか?

もちろん
第一の伴走者は、
聖書です。
聖書のみことばを通して、神様が、イエス様が伴走してくれます。

ここで大事なのは、
漠然と「神様が共にいる」とか「イエス様がいてくださる」
と思い続けるのではなくて

具体的に、聖書のみことばに支えられることだと思います。

だから、
婚活中は、
聖書をしっかりと読んで
心の耳をすますことを
本当におすすめします。(経験者より)


そして、願わくば

よい伴走者を得ること。

結婚しているクリスチャンで、
夫婦仲が良く、尊敬できて
あなたが心開いて話すことができ
あなたの話のよく聞いてくれて
本当にあなたのために祈ってくれる人

そんな人がいてくれたら

本当に心強いし
前に、もっと力強く
進める気がしますよね。


婚活ではないけれど
伴走者を、今私はやっと得ているわけですが
気づいたことがあります。

それは、

伴走者を得るコツです。


・人に心を開くこと
・変なプライドを捨てること
・謙虚さをもって相談したいときはすること


たったこれだけ

これを、自分の側からやってみて
ちゃんと球を打ち返してくれたら
そのひとはきっと
いい伴走者になってくれるかもしれない
と、思うのです。


聞いてもいないのにいろいろ言ってくる人
心を暗くするようなことを言ってくる人
思い通りにならないと不機嫌な態度をとってくる人

それは、先輩であれ、師であれ、年上であれ、親であれ
いい伴走者にはならないような気が
私個人はしています。




そして


なにより

私自身が

結婚を祈る一人一人の
よき伴走者でありたいと
密かに願い祈りつつ

このミニストリーをやっていきたいと思います。


相談したいこと、聞きたいこと、話したいことがあったら
いつでも連絡をください。
クリスチャン婚活・結婚相談メール
<ご相談フォーム>はこちら↓

https://ws.formzu.net/fgen/S86992778/

7月17日(月祝)
CCMクリスチャンお見合いパーティーを開催します!!


日時:7月17日(月祝) 
12:30受付開始 13:00~15:00

場所:覚王山レンタルスペース ブギ(地下鉄東山線「覚王山」3番出口から1分)
愛知県名古屋市千種区観月町1-20-1パークアベェニュー覚王山 901

料金:7000円(前払い)※銀行振込、クレジット(Paypal)

参加資格:25歳以上50歳以下、受洗した独身クリスチャンの方
男性ー無職ではない方、重度の精神疾患のない方
女性ー自立生活ができる方、重度の精神疾患のない方

内容:お祈り、進行説明の後、グループトーク、1対1のお見合いトークをし、最後にオファーカードを提出します。

人数:先着20名程度 完全予約制 (最低催行人数 男性3名女性3名)
※最低催行人数に達しない場合、開催を中止した場合は、全額返金をいたします。
それ以外の場合は返金はしておりませんので、ご理解の程よろしくおねがいします。

※お申込みは必ず参加されるご本人様がおこなってください。

>>>お申し込みはこちら<<<