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2017年5月26日金曜日

7月にクリスチャンお見合いパーティー開催!

明日はひさしぶりのCCM交わり会です。

たくさんの方が参加してくれます。
うれしいのは、たくさんの新婚カップルが来てくれること。

CCMに一度は来てくれたり、何度も来てくれたりして出会った方々が
婚活を経て、結婚して、あらためてCCMに来てくれる・・・!

どれだけ・・・どれだけ
そんな日が来ることを夢見ただろうか
この3年!!!
そしてその姿が、何より婚活中の方への証と励ましになると思うのです。

さらに、新しい方からの問い合わせも、少しずついただいたり、
関東でもKCMが始まったり・・・


この勢いにのって
そうそうに決めました。

7月17日(月祝)
CCMクリスチャンお見合いパーティーを開催します!!


日時:7月17日(月祝) 
12:30受付開始 13:00~15:00

場所:覚王山レンタルスペース ブギ(地下鉄東山線「覚王山」3番出口から1分)
愛知県名古屋市千種区観月町1-20-1パークアベェニュー覚王山 901

料金:7000円(前払い)※銀行振込、クレジット(Paypal)

参加資格:25歳以上50歳以下、受洗した独身クリスチャンの方
男性ー無職ではない方、重度の精神疾患のない方
女性ー自立生活ができる方、重度の精神疾患のない方

内容:お祈り、進行説明の後、グループトーク、1対1のお見合いトークをし、最後にオファーカードを提出します。

人数:先着20名程度 完全予約制 (最低催行人数 男性3名女性3名)
※最低催行人数に達しない場合、開催を中止した場合は、全額返金をいたします。
それ以外の場合は返金はしておりませんので、ご理解の程よろしくおねがいします。

※お申込みは必ず参加されるご本人様がおこなってください。

>>>お申し込みはこちら<<<



同じように結婚を祈り、同じようにクリスチャンとして家族を築きたいと思っている
共通の思いと信仰を持った人たちが集まる場所です。
ただ恋愛相手を探すのではなく、結婚生活をすることを念頭にした出会いの場です。
結婚について祈ってきた方、是非お越しください!

祈りつつお待ちしております。

2017年5月24日水曜日

ハンナの祈り

先日の母の日礼拝(日曜)の
メッセージが

第一サムエル記のハンナの話

でした。


ハンナといえば「不妊の女」で
夫の寵愛を受けつつも子どもが与えられず
それ自体も辛いし、もう1人の夫人にはいじめられるしで
宮で、酔ったように泣いて祈ってた・・・女性です。

祭司も「大丈夫か?」と思うほどの
彼女の祈り・・・

「万軍の主よ、まことに、はしための悩みをかえりみ、わたしを覚え、はしためを忘れずに、はしために男の子を賜わりますなら、わたしはその子を一生のあいだ主にささげ、かみそりをその頭にあてません」(口語訳)

そして、その後
ハンナは願い通り、子どもが与えられ、

その、やっと与えられた子どもを

神様に祈った通りに

主に捧げ、祭司の元に預けます。
それが、サムエル、です。


ふと、

私は自分の願うものを「主にささげますから」と
祈ったことがあったかな・・・
と、自問しました。

それ以前に、祈る時に、自分のことを神の前で「はしため」と
本当にへりくだっているかな・・・
神様の権威を認めて、祈っているかな・・・
と、思わされました。



たとえば、

「この結婚、主におささげしますから、わたしをあわれみ、与えてください」
って、祈れるかな・・・

ささげる、ってどういうことだろう。

少なくとも、ささげたら、私の手のうちにはない、ってことですよね。
じゃあ、私が思ってたようにならなくても、構わないってことですよね。

でも、ささげる先が神様だから、
神様は絶対悪いようにはされないから
そこは信頼していいってことか・・・。

それが、「主におささげする」ってことです・・・かね。



ふと、

どうして自分の手のうちに残らないのに
ハンナは子どもを祈り求めたんだろう・・・

と思いました。


ハンナが欲しかったものは、
子どもそのものではなくて
もっと言えば、子どもをもってる自分、ではなくて
神様は自分を顧みてくださる、という
神様と自分の関係…神様の栄光…
だったのかもしれない。
もっと言えば、「神は生きておられる!」という
実感だったのかもしれない。

神様は、どうしてハンナに長い間
子どもをお与えにならなかったんだろう?
もしかしたら、
ハンナの祈りを、待っていたのかもしれない。


そんなふうに思い巡らしました。


その後の、ハンナのこと・・・
ご存知ですか?

サムエル記を読み進めたら

なんと、サムエルをささげた後
「こうして主がハンナを顧みられたので、ハンナはみごもって、三人の男の子とふたりの女の子を産んだ。」

ハンナ自身のために、子どもが5人も与えられたんです!

神様は、ちゃんとハンナ自身の人間的な願いと問題にも応えてくださった!
これを読んだ時、
本当にうるっときました。


私たちが、ちゃんと神様に向き合った時
神様は何倍にもして祝福してくださるんだと
あらためて教えられました。


だから、

やっぱり、

大切なものこそ、まず主におささげする、
ということを、心に留めていきたいですね。


これを前提に、以下の聖句を読むと、
また心に染みます。


主に信頼して善を行なえ。
地に住み、誠実を養え。
主をおのれの喜びとせよ。
主はあなたの心の願いをかなえてくださる
あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。
主が成し遂げてくださる。」(詩篇37)

「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。
あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。
主は近いのです。
何事も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、
あなた方の願い事を神に知っていただきなさい。
そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が
あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます」(ピリピ4:5-7)


=お知らせ=
CCM交わり会を開催します。

(すでに10名近く参加エントリーが来ています♪)

20〜50歳くらいまでの若き(?)クリスチャンの集いです。

クリスチャンの結婚、婚活、クリスチャンライフなど、
同年代で話したい、でもなかなか話せない、ことを
ゆったりまったり分かち合い、交れたらいいなと思います。

簡単なドリンクとデザートをご用意してお待ちしています。
(差し入れ、大歓迎)

日時:5月27日(土)14:00~16:00(予定)

場所:北方キリスト教会別館<しおん館>
(岐阜県本巣郡北方町芝原東町1-10)
電車でお越しの方は、JR穂積駅へ送迎します。事前にご連絡下さい。

参加者:20〜50歳くらいまで独身クリスチャンの方、求道中の方、カップルの方、既婚クリスチャンの方、
是非お越しください♪

参加費:500円

お申込みはこちらから↓


2017年5月22日月曜日

結婚とケーキ

結婚って



出来合いのケーキを買うんじゃなくて

ケーキの材料を買うようなもの



じゃないかと、ふと思ったのです。


出来合いのケーキの中で
あれがいい、これがいい、それが好み
と選ぶように
理想の結婚の形とか、完成されたようなパートナーを選ぶ

というよりは



お互いとか、環境とか、要素というケーキの材料があって
そして、ケーキを一緒に作っていく

という感じ



だから、味は作る2人次第
美味しいケーキになるポテンシャルを秘めた素材であればいいし
そのポテンシャルを引き出し、素材を活かすのは

やっぱり、作り手次第。



私にとっては、婚活は
そんな感じだった気がします。




今のところ

なかなか、個性的なケーキが

出来上がりつつあります(笑)

2017年5月21日日曜日

CCM交わり会、しめきりますm(_ _)m

5/27のCCM交わり会、たくさんのご参加申し込みありがとうございます。

ひさしぶりの「しおん館」での会ということもあり、
たくさんの参加申し込みをいただいて、気がつけば20名弱・・・

すいません、

会場がそんなに大きくないので

本日で、一旦参加募集を締め切らせていただきます。


何卒、ご容赦くださいm(_ _)m


=CCM交わり会=

日時:5月27日(土)14:00~16:00(予定)

場所:北方キリスト教会別館<しおん館>
(岐阜県本巣郡北方町芝原東町1-10)

*電車でお越しの方は、JR穂積駅へ13:30に集合してください。送迎します。(事前にご連絡下さい。)

*車でお越しの方は、北方キリスト教会前の駐車場をご利用ください。
(北方キリスト教会からしおん館は徒歩3〜5分です。)



2017年5月20日土曜日

ノンクリスチャンと結婚するときの考えられる対処法

最近、私の周りで
ノンクリスチャンと結婚したものの悲しい現実と向き合っているという人が
多くいて、
本当に考えさせられています。

誰と結婚するのか、それは本当に神の御心です。

だから、私のような人間が

クリスチャンと結婚しなければいけない!とか
ノンクリスチャンと結婚すべきでない!とか、
言えるはずもありません。そんな権利はありません。


とはいえ、

「信仰」という重要な価値観があわずに
結婚しながら涙を流す人、離婚に至ってしまう人がいるのを見ると

どうにかできないものか・・・
と真剣に考えてしまうのです。



クリスチャンとノンクリスチャンとの結婚生活の難しさは
結構奥深いように思います。

クリスチャンにとって「信仰」というのは、アイデンティティです。その人の土台です。
けれど、ノンクリスチャンにとっては「趣味」くらいの価値にしか捉えてもらえないようです。


あと2つ、共有し難いものがあります。

一つは、お金です。
献金の価値観は、なかなか共有できません。
たとえば、与えられた収入の10分の1を献金したいとします。
あなたが家計を預かっていて、総収入の10分の1を献金にまわすとします。
手取り20万円なら2万円です。家賃、光熱費、食費もろもろもある中で、2万円です。
神社でお賽銭に2万円出す人はそうそういません。
この決して少なくない出費を、ノンクリスチャンの方がどう納得できるでしょう?

さらに、もし相手(ノンクリスチャン)の方が家計を握るとしたら、
献金さえ思うようにできない・・・かもしれません。

もう一つは、
「お互いに対し、かたく節操を守る」ということです。
クリスチャンにとって、結婚したら浮気・離婚はありえない、それは神様が禁じている、という考えです。
でもノンクリスチャンにとって、そのような絶対的なルールもルールを作る主体(神)もないので、「浮気、離婚」は決してよくないことだけど、アリだよね、と考えるわけです。

このルール、概念が共有できないのは、かなり深刻です。

結婚は、破棄できない契約である、別れることはありえない、
という土台があれば、
二人の関係が壊れたとしても、時間をかけてでもなんとか築きなおしたり修復しようとしていけます(そうするしかない)。


離婚を否定しているわけではありません。
人間的に見れば、あるよね、と言えます。
でも、今回の焦点は、神を御前にしたときにどうなのか?ということです。
なぜ、今これを強調しているかと言えば、
クリスチャンを対象として書いており、
クリスチャンは、自分や世の常識を基準とはしないで、
神の言葉を基準とする生き方を選んだ人たちなはずだからです。




さて、

その上で、

クリスチャンの人が
ノンクリスチャンの人と結婚が導かれた場合


悲劇をできるだけ生まないために

どうしたらいいか・・・・



大事なのは

「結婚前」ではありません。


「結婚後」です。


はっきり言って、
婚前の約束なんて、ほとんど守られません。
どれだけ、クリスチャンとしてのポリシーやこういう生活がしたい、
こういうことを大事にしたいと思ってる、
あなたにもここを理解してほしい、
そう訴えて
相手が理解し、了解した、と言ったとしても

土台が変わっていないのなら

結婚後には、Back to basic・・・相手は相手の生き方にもどるのです。





だから、改めて、自ら準備しておくべきは


「結婚後の生活の体制づくり」


なのではないか・・・

と思い当たりました。



ちなみに、お見合いの場合、
仲介者の仕事は出会いまでです。
結婚後のサポートは行なっていないのがほとんどです。
自然な出会いの場合は、サポーターはそもそもいないのがほとんどかと思います。



だから、これは、あらためて
自分で準備しなければなりません。




そして、
その具体的な方法の一つが、これです。

「教会とタッグを組んで、
パートナーを信仰生活、教会生活に巻き込む」

特に、できることなら、牧師先生に協力してもらう。
プリマリタルカウンセリング(結婚準備カウンセリング)から
関わってもらい、
できればその牧師先生、教会に結婚後も関わり続けてもらうのです。


もし、結婚を機に、自分が移住する場合、
移住先の教会とまずコネクションをつくる。
可能ならば転会しておいて、その教会との絆を作り、
結婚準備から結婚後までのサポートをお願いするのです。

あるいは、
全国規模で、広範囲でケアしてくれる献身者と出会っておく。
日本には結婚カウンセリングを専門としている人たちがいます。
その一つに、プリペアー・エンリッチという結婚サポート機関があります。
そこのファシリテーター(カウンセラー)のほとんどがクリスチャンだそうです。
婚前、結婚生活のサポートのプロですから、きっと相談にのってくれると思います。


とにかく

大事なのは、結婚後のサポート体制をしっかりと備えておくことです。


一人でパートナーを導き、教会生活に巻き込むのは本当に大変です。

繰り返しになりますが、
結婚前に、どんなに説明をし、相手が理解を示したとしても、結婚したら態度が変わる。そんな例をたくさん見聞きしています。

生きているルール、常識のベース
そこが変わらなければ、本当に理解し同意してもらうことはできません。
ルールが違えば、礼拝を捧げない、祈らない…どころか浮気もアリ、離婚もアリ、お寺参りもあり、神社参拝もあり・・・なのです。


でも、二人の生活の、
外堀を埋めていくことで…
二人の環境にクリスチャン色をうまく入れ込んでいくことで
この事態を緩やかにすることができるかもしれません。

身近すぎる人が言って聞かないことも、第三者が言うと聞く、ということもあります。
だから、自分一人で頑張るのではなく、
兄弟姉妹の助けをかりて
教会ぐるみで関わって伝道し、信仰生活へと巻き込んでいくのです。



けれど

いずれにしても、
自分の信仰と行動が試されることになります。
それは、
「一人で頑張らない」
「人を頼る」
「頼れるように、教会との関係をつくる」
という、ある種の試練です。




どこで、何を頑張るかは
それぞれです。




いずれにしたって、
楽に結婚できる道なんて
ない・・・のです。


クリスチャン同士で結婚したって、いろいろありますしね。


でも、できることをやり、

押さえるべきポイントを押さえていくことで

対処できることもあるんじゃないかと思います。


本当に、このことについては
心から祈っています・・・。

そして、
願わくば、教会と奉仕者が本当に力づけられ
ノンクリスチャンと結婚する(した)クリスチャンがサポートを
充分にしてもらえますように・・・
神様、日本の教会全体を祝福し強め導いてください!!


=お知らせ=
CCM交わり会を開催します。

(すでに10名近く参加エントリーが来ています♪)

20〜50歳くらいまでの若き(?)クリスチャンの集いです。

クリスチャンの結婚、婚活、クリスチャンライフなど、
同年代で話したい、でもなかなか話せない、ことを
ゆったりまったり分かち合い、交れたらいいなと思います。

簡単なドリンクとデザートをご用意してお待ちしています。
(差し入れ、大歓迎)

日時:5月27日(土)14:00~16:00(予定)

場所:北方キリスト教会別館<しおん館>
(岐阜県本巣郡北方町芝原東町1-10)
電車でお越しの方は、JR穂積駅へ送迎します。事前にご連絡下さい。

参加者:20〜50歳くらいまで独身クリスチャンの方、求道中の方、カップルの方、既婚クリスチャンの方、
是非お越しください♪

参加費:500円

お申込みはこちらから↓



2017年5月18日木曜日

親の介護

親のことが心配で

と、婚活で悩む方、気にされる方の声を聞きます。



心優しいと思うし、
父母を敬っているのだな
とも思います。


しかし、この親問題をクリアできずに
立ち止まっている婚活クリスチャンは
少ないないのが、現状です。

そして、

これに対しては

それぞれの事情もあるし
それぞれの思いもあるので


安易には

「離れたって大丈夫だよ」

とは
なかなか言えません。





その代わりに


うちの親のことを

少しシェアしたいと思います。



うちの親は
母が一人っ子、父が4人兄弟の末っ子です。

母は結婚したらどこへでも!と思っていましたが
父が「親の面倒を見られるのは君しかいないだろう」と
結婚して、母が一旦は父の性になったものの、
父は母方の養子として入り直し、
関東にいた二人は、母の両親のいる岐阜へと
移り住みました。


それから30年ほど経ち、
いよいよ、それぞれの親が弱る頃

父方の母(つまり祖母)は
父の兄弟の長男が一緒に住んで面倒を見ていたのですが、
その、長男がガンで先に亡くなってしまいました。
他は女兄妹で、嫁いでしまっており、
母(つまり祖母)を迎えて面倒を見ることができません。

しばらく、一人暮らしをしていました。
心配なので、父がwebカメラを設置して見守る日々…。
しかし、結局、父が
祖母を岐阜に呼び寄せて面倒を見ることになりました。
岐阜には、老人介護施設がどんどん建っています。
幸い祖母は、近所の施設に入ることができ、まるで一人暮らしのように、でもサポートがある…という、できるだけ彼女の望む形の生活をすることができました。

父も母も、祖母の元へ2、3日に一度は顔を出すことができましたし、
何かあればすぐに連絡が来たので、安心でした。

さらに、週に一度は、外出日として
母の実家に遊びに来て、
母方の祖母と父方の祖母は友達として
秘密のおしゃべりをしていたそうです。

ちなみに、その父方の祖母は
岐阜に移り住み、息子と嫁、そして牧師先生が
ちょこちょこ関わってくれるようになったことで
96歳にして神を信じ、受洗してクリスチャンになりました。
(その1年後に、平和のうちに天に召されました。)



「親が子供の近くに移り住む・・・・」

ということを、今はあまり想像できないかもしれないけれど
実は、ちょこちょこある話です。
私が今思いつくだけでも、2、3例あります。
移り住んだ親さんたちは、置かれた場所、置かれた教会で
案外はつらつと生きていらっしゃいます。


遠距離にいる親を、毎週帰ってケアしている、という
信仰の先輩方の話も聞きます。

その距離は結構色々で
車で一時間・・・という話もあれば
名古屋と山口などの遠距離を通っている・・・という話もあります。

大変だけれど、できなくはないのだな、と思いました。

10年後には、名古屋ー東京間はリニアができ40分で行き来できるようになるのだそうです。

高齢者も増えるので、高齢者のための施設はもっと充実するでしょう。
今も、いろんなスタイルの施設がありますし、病院と連携した施設も増えています。

近くにいたって、結局、老人介護施設は利用しますし、病院のお世話にもなります。

母方の母(つまり祖母)は、娘家族と同居でした。
「家で死にたい」「病院は嫌い」がモットーだったので、
最後はガンでしたが、できる限り在宅介護をしました。
それほど長い期間ではありませんでしたが、
当時の、介護をする母の憔悴ぶりはすごかったです。
眠れないし、常に気をつけなければいけないし、家もあけることができない。
母の方が倒れて入院してしまいそうでした。
・・・家族のために、娘(母)のために、施設か病院に入ってくれないだろうか・・・
ふと、思ったほどでした。


介護は、近くにいても遠くにいても
施設やシステムをよく調べて有効に使っていった方がいい

これは、親たちの介護する姿を見て、私が学んだことです。


自分の人生を潰さずに、親をケアしていく方法は
探していけばきっとあるし
方法はこれからどんどん増えていくと思います。


だから、


調べずして、
相談せずして

ただかわいそう・・・

だけで、

婚活の難しさを
作ってしまわないでほしいなと思います。



私の親も
こんな形でそれぞれの親を介護することになるとは
思わなかったと言います。

でも、ちゃんと方法は与えられたし

それを用いて、
父方の祖母はクリスチャンとなって天にのぼることができました!



神はあらゆることを
益として
導いてくださる・・・



このことを、単純に信じてもいいのではないかな

と思います。


人生は、ロングスパンで見てみると
新しい視点が与えられたりしますよね。


=お知らせ=
CCM交わり会を開催します。

(すでに10名近く参加エントリーが来ています♪)

20〜50歳くらいまでの若き(?)クリスチャンの集いです。

クリスチャンの結婚、婚活、クリスチャンライフなど、
同年代で話したい、でもなかなか話せない、ことを
ゆったりまったり分かち合い、交れたらいいなと思います。

簡単なドリンクとデザートをご用意してお待ちしています。
(差し入れ、大歓迎)

日時:5月27日(土)14:00~16:00(予定)

場所:北方キリスト教会別館<しおん館>
(岐阜県本巣郡北方町芝原東町1-10)
電車でお越しの方は、JR穂積駅へ送迎します。事前にご連絡下さい。

参加者:20〜50歳くらいまで独身クリスチャンの方、求道中の方、カップルの方、既婚クリスチャンの方、
是非お越しください♪

参加費:500円

お申込みはこちらから↓

2017年5月16日火曜日

結婚後もクリスチャンとして生きる・・・ってどういうこと?

結婚してもクリスチャンとして生きていきたいから

クリスチャンと結婚したい


そう願って、
私自身クリスチャンの方を限定して婚活しましたし
同じ願いで、婚活している方もいると思います。




「結婚してもクリスチャンとして生きる」
ってどういうことだろう?

と、ふと思いました。


もっといえば

「クリスチャンとして」

ってどういうことだろう?と。




定期的に、教会に行って礼拝をすること?
教会でなんらかの奉仕に携わること?
食事の前とかに祈ること?
会話の話題が聖書や神様のことでも差し支えないこと?
「神様が守ってくださるから大丈夫」とか言っても通じること?

そういった
ライフスタイルとか
行動スタイルとか
共通な会話ができるとか

そういう
クリスチャンらしい「形」「スタイル」「外観」を
キープしたい

ということでしょうか。



だとしたら、

これらのほとんどは
クリスチャンで、教会にちゃんと所属している人
と結婚すれば、

9割以上、叶うと思います。


心配ない。

大丈夫。

紹介、お見合いの時点で、

・クリスチャンであり
・教会にちゃんと所属していて礼拝を守ってる

この点をクリアするだけで


その願い、その結婚生活
叶います!!!




あれ?



納得できませんか?






では、


何を求めているのでしょうか?


結婚に対して、
あるいは、結婚後の生活に対して
あるいは、お相手に対して

何を求めているのでしょうか?


「クリスチャンであること」とは関係ない
もっと人間的なことなのでしょうか?


その、人間的なこと・・・は


信仰によっては乗り越えられない…でしょうか?



でも、


もし


信仰によって試練を乗り越えられないとしたら


それって

クリスチャンとして生きる
つまり
神を信頼し、キリストに従って生きる

ということが、できない・・・・・・・てことに

なってしまいませんか?





「クリスチャンとして生きる」

というのは


相手によって大きく左右される問題ではなくて

自分自身の問題だと思うのです。



「クリスチャンとして生きる」

というのは

「万物を創り、支配し、かつ私を絶えることなく愛してくださる父なる神を信じ
キリストが成してくださった十字架の贖いを心から受け止め自分のものとし
キリストと共に死にキリストと共に復活し
聖霊に満たされ新しくされたものとなり
命ある限り、キリストにならい、神に従い、聖霊に導かれて
あらゆる試練を乗り越えつつ、人格が整えられていき
弟子として、神の家族の一員として建て上げられつつ
生きていく」


ってことですよね?


結婚前も

結婚を祈り求める時も

結婚後も

この姿勢は変わらない
いや
変わりようがないはずです。


そして、これは

環境によらず、人によらず

自分による、、、、ことだと思うのです。



クリスチャンとして生きていく
それをキープし強く生きていく

その自信がない・・・?

だとしても、
その不安を補うのは

人ではなく、異性でもなく、教会でもなく

神と聖書のみことば
神とあなたの関係

なのではないでしょうか?




「クリスチャンとして生きていく」

その本質は

実はものすごくシンプルだと思うのです。


もし、
婚活がスムーズにいっていない、と感じたら

それは

神様からのサインかもしれません。

もう一度
「クリスチャンとして生きていくということを、考えてごらん?」
という語りかけと
与えられている機会かもしれません。


自分がどう生きていきたいか
どんな生き様を神様に見てほしいか

人との関わり方も生き様の一つだと思います
その生き様が、主の喜びとなり、人への証となるように

自分は人とどう向き合うのか・・・




祈りつつ、考えてみるのも
いいかもしれません。



=お知らせ=
CCM交わり会を開催します。

(すでに10名近く参加エントリーが来ています♪)

20〜50歳くらいまでの若き(?)クリスチャンの集いです。

クリスチャンの結婚、婚活、クリスチャンライフなど、
同年代で話したい、でもなかなか話せない、ことを
ゆったりまったり分かち合い、交れたらいいなと思います。

簡単なドリンクとデザートをご用意してお待ちしています。
(差し入れ、大歓迎)

日時:5月27日(土)14:00~16:00(予定)

場所:北方キリスト教会別館<しおん館>
(岐阜県本巣郡北方町芝原東町1-10)
電車でお越しの方は、JR穂積駅へ送迎します。事前にご連絡下さい。

参加者:20〜50歳くらいまで独身クリスチャンの方、求道中の方、カップルの方、既婚クリスチャンの方、
是非お越しください♪

参加費:500円

お申込みはこちらから↓
https://ws.formzu.net/fgen/S2250328/

2017年5月14日日曜日

捧げるものはすでに与えられたもの

今、教会の聖書研究会では出エジプトを順に学んでいます。

聖書の学びというのは、本当に面白くて
神様のシナリオの秀逸さに「あっぱれ!!」と何度もなります。


出エジプト25章は
シナイ山の麓で、モーセが神様からの契約をイスラエルの民に聞かせ
イスラエルの民が「契約を結びます!!」と一致して、神様の目の前で
契約の食事をしたのち、
モーセが再びシナイ山に呼び出され、40日40夜かけて
具体的ないろいろを神様から言い渡される、というところです。

で、まず、「幕屋を建てよ」と言われます。

しかも、その幕屋の材料は
イスラエルの民の「心からすすんで捧げる人から」の奉納物
具体的には「金、銀、青銅、青色、紫色、緋色の撚り糸、亜麻布、ヤギの毛、紅くなめした雄羊の皮、じゅごんの皮、アカシヤ材、燈油、そそぎの油と香りのたかい香のための香油、エポデや胸当てにはめ込む縞瑪瑙や宝石」
が指定されました。


こんな高価なもの・・・イスラエルの人たちは持ってたかな・・・

だって
エジプトから夜逃げのように、荷物最小限で出てきたし
ここは荒野だし
他民族とかとも関わらないようにしてるし・・・


・・・・


しかし

「あ!!!あれだ!」

と、気づきました。


彼らは持ってたんです!!宝石や高価なものの数々!!


それは、遡ること数ヶ月前

エジプトを脱出する直前です。

「…さあ、民に語って聞かせよ。男は隣の男から、女は隣の女から銀の飾りや金の飾りを求めるように。』主はエジプトが民に好意を持つようにされた。…(出エジプト11:2-3)」

最後の災いを下し脱出する前に、
イスラエル人がエジプト人から金銀を買うようにと神様が命じ、
また買いやすいよう備えまでされてました。
そして、神の命令通り、彼らは金銀を求め、得ていたんです。


あのとき、

「なんで、ここで、このタイミングで、
エジプト人の心まで動かして、イスラエルの民に金銀を得させたんだろう」

と思ったんですよねぇ。


しかも、エジプトを脱出した後、一銭も使わない。


行く道は荒野だし、
他の民族を避けてルートを取って関わらないようにしてたから、
どんなにお腹が空いても、喉が渇いても、
金銀と食料を交換することもなかったし…


…あれ、なんだったんだろう


と思ってたんですよね。




そしたら、


「ここかーーーー!!!!」

と、ガッテンしたわけです。



そう、あの金銀財宝は
イスラエルの人たちが、幕屋を、聖所を建てるためのものだったんです!

(このガッテンしたときのスッキリ感たるや・・・感動w)



けれど、それを

「心からすすんで捧げる人から、私への奉納物を受け取らなければならない」

と神様はおっしゃる


ということは


そもそも、神さまがご計画の中で備え与えたものだったけど

受け取ったイスラエル人からしたら、

何に使うかわからなかったし、
しかも見目麗しく価値ある金銀財宝、高級品だから


「・・・手放しにくかったかもな」


と、思うわけです。







ふと、自分のことを思いました。

私たちに与えられているものは

私たちの日々の糧だけではなく

そもそも神様に捧げるために備え与えられたものも
あるかもしれない

幕屋のように、聖所のように、
神様と人(私たち)の深い関係を作るために大事な材料かもしれない

それが、高価なものであればあるほど
私たちが手放したくないと思うほど素敵なものであるほど

聖所の材料であり、捧げよと言われるものなのかもしれない・・・


捧げ物というのは
私たちが身を削って捧げるというよりは
実はもうすでに、神様が与えてくださってるんだな

と思いました。


けど、もし

捧げるために与えたものを
私たちが自分のものにしようとしてるとしたら

うん、それは、きっと、なんか違う。

まるで
「これで、〇〇を買ってきて」と頼まれて預かったお金を
〇〇を買わずに自分のお菓子を買って使ってしまうようなものだ。




ふと思いました。


私たちの「結婚」て

どれにあたるのかな?

と。


日々の糧?自分が生きてくためだけに与えられるもの?

それとも、

神の聖所を建て上げるための
神と自分の深い関係、絆、交わりを築くための
大事なもの?
捧げ物?
「心からすすんでささげる」ように願われているもの?


8節にはこうあります。
「彼らがわたしのために聖所を造るなら、わたしは彼らの中に住む。」



ここに、

祝福される結婚のヒント

あるような気が

しました。



私たちが捧げるべきものは
もうすでに与えられている
あとは、
私たちの心と行動・・・次第。



=お知らせ=

CCM交わり会を開催します。
(すでに10名近く参加エントリーが来ています♪)

20〜50歳くらいまでの若き(?)クリスチャンの集いです。

クリスチャンの結婚、婚活、クリスチャンライフなど、
同年代で話したい、でもなかなか話せない、ことを
ゆったりまったり分かち合い、交れたらいいなと思います。

簡単なドリンクとデザートをご用意してお待ちしています。
(差し入れ、大歓迎)

日時:5月27日(土)14:00~16:00(予定)

場所:北方キリスト教会別館<しおん館>
(岐阜県本巣郡北方町芝原東町1-10)
電車でお越しの方は、JR穂積駅へ送迎します。事前にご連絡下さい。

参加者:20〜50歳くらいまで独身クリスチャンの方、求道中の方、カップルの方、既婚クリスチャンの方、
是非お越しください♪

参加費:500円

お申込みはこちらから↓
https://ws.formzu.net/fgen/S2250328/

2017年5月12日金曜日

交わりをさまたげるもの

5月末に、CCMの交わり会があります。

すでに参加者が集まりはじめております。
すごく、すっごく楽しみです!



ときどき

クリスチャンの中で

交わりを妨げられているような教会に関わる話を聞きます。


他の教団、教会との交わり、
他の団体、組織との交わり、
異性との交わり、

「そういうのは控えたほうがいい」

と目上の人に言われて、
あるいは、そういう風潮があって


超教派の出会いの場に自由に来られない、来にくい
いろんな可能性に足を向けられない

という声を聞きます。



こういう話を聞くと

私は、自分が経験したことを思い出します。



信仰を取り戻すきっかけとなった関東のある教会に
3年ほど行っていました。
とても活気のある教会で、同年代の青年も多く、
伝道に対してとても熱心で活動的でした。
私自身もその波の中に入っていました。

しかし、同時に、とても厳しい一面がありました。

異性と二人きりで話したり歩いたりすることは実質禁止されていました。
他の教会については否定的でした。
ノンクリスチャンに対してはオープンでしたが、クリスチャンに対しては冷たい感じでした。
(少なくとも私はそう感じ、悩みました。
この暗黙のルール的なところが、またやっかい・・・。)


自分の母教会の家族のような人たち、また同じ信仰の家族との交わりさえも
なぜかちょっとした罪悪感をいだかねばならないような
そんな思いにさせられました。


「こんなのおかしい・・・」


そう思い悩みました。

単純に、すごく悲しい思いがしました。

愛を土台としている自由を妨げる力というのは
本当に正しいのだろうか?


「互いに愛と善行に励むように心がけ、ある人たちの習慣に倣って集会を怠ったりせず、むしろ励まし合いましょう。かの日が近づいているのをあなたがたは知っているのですから、ますます励まし合おうではありませんか。(ヘブライ人への手紙10:24-25)」


新約聖書の中で、
各地に教会が出来てきます。
それぞれの教会はユダヤ人キリスト者の教会だったり、異邦人教会だったりしますが、
教会同士で交わりがあり、献金で支え合うこともありました


「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。(マタイによる福音書18:20)」

これは、イエス様ご自身のことばです。
そこに、教派や教団、組織の違いなどという区分はありません。
ただイエスキリストの名によって集まるなら、そこに主もいてくださるのです。




結局、私はその教会を出ました。
(後から聞いた話ですが、私がいなくなったことでめちゃくちゃ怒っていた人もいたそうです。なぜ怒るんでしょうね・・・?)




なぜ、教派や教団、組織の違いで
交わりを妨げるような動きがでるのか…?

それは、人間的な恐れ・・・だと思います。

変な人がいたら危ない。
変な考えに感化されたら危ない。
変な行動につられたら危ない。

その危険から守ろうという意図があるのかもしれません。




でも、
思うのです。



もし、そうして危険から守ることばかりしていたら

アブラハムやモーセのように、
パウロや使徒たちのように

危険の伴う、違う人たちの住む未知のエリアへと
出ていくことができないではないか。

御霊に導かれても、尻込みしてしまうのではないか。




危険から守ることばかりではなくて

危険の中でも強く立つ力、
見極める目と信仰、
主にある知恵を
養ったらいいのではないか・・・。




そんなふうに思ったりします。




交わりをさまたげる力を感じるとき
私は本当に心から祈ります。




もし、交わりを妨げる力を感じたとき

それがどこからきている力なのか

一度祈って、考えてみてほしいな、と思います。




=お知らせ=

CCM交わり会を開催します。

20〜50歳くらいまでの若き(?)クリスチャンの集いです。

クリスチャンの結婚、婚活、クリスチャンライフなど、
同年代で話したい、でもなかなか話せない、ことを
ゆったりまったり分かち合い、交れたらいいなと思います。

簡単なドリンクとデザートをご用意してお待ちしています。
(差し入れ、大歓迎)

日時:5月27日(土)14:00~16:00(予定)

場所:北方キリスト教会別館<しおん館>
(岐阜県本巣郡北方町芝原東町1-10)
電車でお越しの方は、JR穂積駅へ送迎します。事前にご連絡下さい。

参加者:20〜50歳くらいまで独身クリスチャンの方、求道中の方、カップルの方、既婚クリスチャンの方、
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参加費:500円

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2017年5月11日木曜日

その地を離れられないから地元でノンクリスチャンと結婚する?

CCMで約4年、クリスチャンの婚活をサポートしながら、
クリスチャンの結婚についていろいろと教えられ、
また考えさせられてきました。

特に、中部地方は、
ほとんどが

田舎

そして、クリスチャン人口も少なく

とにかく地域と地域の距離があるので
出会ったり、集まったりするのが大変

その上

とても、地元志向が強いのです。

「この地域で歩んでいきたい」
「家族のそばで生活していきたい」

小さな教会も多く、
「この教会で礼拝し続けたい」
「この教会で奉仕し続けたい」

そういう声は、もう当たり前のようにあります。

私自身は、「結婚したらどこへでも」と思っていたし
親もそういう思考で、それを聞いて育っていたので

そういう考え方があるんだということを
婚活をして初めて知るというほど、正直おどろきでしたが・・・。




「地域を限定する」

というのは、クリスチャン婚活の上では
その出会いの可能性を大きく狭めてしまうことになります。

特に、中部・・・


関東限定、東京限定
とは、わけがちがいます。
人口の総数も、クリスチャンの総数も違うのです。


本当に出会いの機会が減ります。
そして、競争率も高まります。




できれば、すべての願いを叶えたい・・・

神様、すべての願いを叶えて欲しい・・・





でも、ここで、一つ考えて欲しいのです。

意外と切実な、究極の選択です。




今回は、本当に、
かなり真剣に書いています。
それほど、大事な話だと思うからです。







今の地域を出たくない。
今の教会を離れたくない。



ことと、



地元のノンクリスチャンと結婚して
今の地域、教会にいつづける。



こと




どちらを、とりますか?








今の地域を出たくない。
今の教会を離れたくない。
だから
地元のノンクリスチャンと結婚して
今の地域、教会にいつづける。


これを選んだ時、どうなるか・・・という話をします。

私が実際に見てきたケースです。



喜んで教会生活ができなくなります。

存分に教会奉仕ができなくなります。

どんなに精力的に奉仕をしても「でも、パートナーは同意していないんでしょ?一つ心じゃないんでしょ?」と言われているようで、
それまでのように100%の思いで捧げられなくなります。

なんとなく後ろめたい気持ちが、教会にも、家族にも生まれます。

子どもができたとき、お宮参りと献児式の狭間で苦しみ、泣きます。

夫婦生活の方針、子育ての方針で足並みが揃わず、孤独や切なさを感じます。

信仰的になればなるほど、一番身近なところから逆風が吹きます。





地元にクリスチャンとの出会いがないから、
ノンクリスチャンと結婚して、自分の教会生活を守る。


これは、そんな甘い話ではありません。




(ノンクリスチャンの方と出会い、神が導き、その方が信仰と救いを受け取って洗礼を受けて・・・なら、わかります。同じ土台に立って、神の前で結婚の誓約をするからです。

また、すでに、ノンクリスチャンの方と結婚したクリスチャンの方を否定するものではありません。神が結びあわせたのだから、そこには大きな意味があり、祝福があると信じています。また、結婚生活の中で少しでもパートナーが同じ信仰を持つようにという強い祈りがあると思いますから、そのために、私も心から祈っています。)








もう一度聞きます。




今の地域を出たくない。
今の教会を離れたくない。
そのあなたの思い。



と、



地元のノンクリスチャンと結婚して
今の地域、教会にいつづける。



こと




どちらを、とりますか?


どちらとも、とりますか?



それとも




それらを捨てて



ほかの道をとりますか?






自分の思いや願いをいったん手放し、

本当に大事なことをしっかりと握る。


自分の願いが叶うようにと一生をかけて求めることより

一生、神の前に誠実にあり続けるために何を選び、何を手放すか



本当に、真剣に考えて欲しいのです。




シンプルな信仰の上に、神様への誠実さの上に
神様は御業をなしてくださると
私は思います。






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同年代で話したい、でもなかなか話せない、ことを
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2017年5月10日水曜日

待つ

「待つ」

というのは、とても忍耐力がいるな、
と思います。

「待つ」ことが苦手な私にとっては、本当に試練です。
その「待つ」間に、いろんなことが頭を駆け巡り、いてもたってもいられなくなってしまうのです。

『神の時を待ちましょう』

そう誰かに言う時もあれば、言われる時もあるし、
自分に言い聞かせることもあります。


この「待つ」ということ
ほんっとうに、できなかったんです・・・私。

30代後半になって、結婚や妊活やいろいろの中で「待つ」しかない体験をいろいろして、
やっとちょっと、覚えてきたように思います。


最近、気づいたのは、
「待つ」のは「なにもしない」ということでもない、
ということです。

待ちながら、なにか大きな行動を起こすわけではないのだけど、
そういうときには、「大きな川の流れを見ている」。
別の言い方をすれば、「神の視点を思い巡らす」かもしれません。

私の人生を、大きく俯瞰して捉えた時、今がどういう流れの途中なのか、
近視眼的ではなく全体的に、平面的でなく立体的に捉えて、思い巡らして見る。

そうすると、「いや、ここで焦っていろいろやっても仕方ないな」とか
「今のうちに、このことやっておけるな」とか
見えてくるんですよね。


ちょっとだけ、私のエピソードをお分かちします。

在宅ワークを2件掛け持ちしていました。

小さなweb記事のライターと、ネット通販の商品登録、という二つのお仕事を受けていました。

が、ある時、同時期に、どっちのクライアントからも連絡が来なくなったのです。

それまで結構締め切りに追われて忙しかったのが、スーーーッと暇になりました。

「えぇぇ・・・・なにこれ・・・。」

不安にもなるし、迷いました。

このまま、依頼が消えてしまうのか、ならば、新しい仕事を探そうか。
いや、今特に頼める案件がないだけかもしれない、だったら、新しい仕事を始めたら重なった時に大変なことになる・・・。
クライアントの状況もわからないし、聞くわけにもいかないし・・・。

で、結局、「待つ」ことに決めたのです。


神様が取り去るなら、取り去るのだろう。
必要なことなら、また与えてくださるだろう。
日々の糧も、お金も、仕事も、何かやるべきことも、
必要なように必要なだけ与えてくださるはずだ。

・・・

(ちょっとだけ、あがきました。
在宅ワークの新着情報をちらちらと眺め、お気に入りチェックを入れる日々・・・(笑))



そこから、しばらくたって、

急に仕事が舞い込みました。
同じクライアントさんから
「全然違う内容のお仕事なんですが、力をかしてもらえませんか?」
たしかに、その新しい内容は、私の昔とった杵柄をいかしつつ、チャレンジの伴うやりがいのあるものでした。(そして、金額も前よりいい)

ちょっと挑戦も含むお仕事で
やりきる自信もなかったのですが、
祈って待ったお仕事なので
つつしんで、お受けしました。



いやはや・・・
神様が与えてくださるものは、いつも予想外です。


そういえば、この空白の「待ち」期間、
在宅ワークの話は来なかったけど、
ANNIとしての賛美ミニストリーの依頼がトトトッと来ました。

不思議です。

「待っ」ている間
ちゃんと、アンテナをはっていると
それは「空白」とか「無」ではなく
何かがちゃんと動いている、すすんでいる
ことに気付けるかもしれません。

神様は、ちゃんと共にいて、
ちゃんと私たちの祈りを聞き、
ちゃんと働きかけて、私の人生に関わってくださっている・・・

そのことを信じられるなぁ、って
思いました。


婚活でも、いや、婚活だからこそ
「待つ」という場面は多く
本当に忍耐が求められるように思います。

でも、「待つ」にも意味があるし
「待つ」間にも何かが進んでいるし
「待つ」ときにしかできないことや、見えない景色もある


「待つ」のは辛いかもしれないけれど、
絶望しなくても大丈夫。

そんなふうに思います。


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2017年5月8日月曜日

祝福の法則

私が、

人生のスタイルが大きく変えられ

この法則は、かなり本当なんじゃないか

と思いながら、やっていることがあります。


そのきっかけをくれたのは

「祝福された人生」(ロバートモリス著)
という本です。


“あなたの財産とすべての収穫の初物で、主をあがめよ。そうすれば、あなたの倉は豊かに満たされ、あなたの酒ぶねは新しいぶどう酒であふれる。箴言3章9-10節

主であるわたしは変わることがない。マラキ書3章6節

旧約の時代も新約の時代も変わらない、神様のみことば全体を通して貫かれる永遠の原則というものがあるのです。(本文より)”


神様に捧げた分だけ、かならず祝福がある、という法則がある。

その実体験が多く書かれている本です。
ロバートモリス牧師とそのご一家の体験にすごく説得されました。

それで、
私もこれ、やってみようじゃないか。
と思ったのです。

まず、献金をきちんとする。
心から捧げる分を、ケチらないように捧げる。

ミニストリーでビジネスをしようとしない。
基本ボランティアの形でやる。
でも、クオリティはケチらない。

神様が置かれた教会のためには
最善をもって仕える。

信仰の友のために
できるだけのことはする。


これらのことを
やってみようと決めました。



感謝を持って、思い切った額を献金をしたことがあります。
たとえば、席上献金で、財布を開いたら崩れた額がない・・・
えーい!と崩れていないままを捧げる。
あー・・・思い切り過ぎたかな、と思っても
のちに不思議な形で臨時収入があったり
次の月のお給料が多めだったり、経済的に満たされます。


ANNIの讃美ミニストリーは「無償でコンサートをします」とうたってやっています。
訪れた教会に必ず感謝献金を捧げます。
そんなんでは、お金はかかるばかりで損じゃないのか?と思うかもしれませんが、
なぜか皆さん、この無名のシンガーのCDを驚くほど買ってくださり
この活動のための経済も満たされています。


妻としての役割、そして信仰を土台とした夫婦生活をちゃんと維持するために
仕事(お金のための)をやり過ぎないようにしています。
かわりに、お金にならないCCMやKCMに、多くの時間と労力をかけてもいます。
不思議と旦那さんの収入があがっています。


なんだか、こう書くと自慢話のようで
すごくイヤなのですが、

この「祝福の法則」は、今の所
本当だな、と思っています。



神様からの祝福を受けたい

そう思いながら、

神様に対して、ケチってはいないでしょうか?

心を尽くしている・・・?

力を尽くしている・・・?

もてるものを差し出している・・・?


神様は、このことについて、自分に問うてはいないか?



律法に、捧げものについての規定が事細かにあるのは
神様への敬意と畏怖と感謝を
きちんと行動にあらわすことを求めているからだと思うのです。

バプテスマとは、ギリシャ語で「浸す、沈める」という意味です。
つまり、洗礼とは、頭の先から足の先まで
神を信じ、キリストに浸ります=一体となります、という
宣誓、自己表明の行動です。


信じてる

心を尽くしてる

思いを尽くしてる

力を尽くしてる


それが本当かどうか、どれだけのものか
神様は私たちの心の中をご存知だし

神様は
私たちの出来不出来によらず
恵みを与えてくださる方・・・

だけど、
私たちの信仰の成長もとても願われる方でもあります。

だからときに、
じっとこのことを問い、試されることも
あるように思います。

そして、
行動に表すということは
人にとっても、自分にとっても
その真価が、より明確になり

それがよいものであれば、
ロバートモリス牧師の本のように証にもなると思うのです。



もし、

祝福がない・・・と思うときは

この点について、

向き合ってみると、何かヒントがわかるかもしれません。




P.S.
私は、この祝福の法則を
かなり信じてここまできています。

いかがでしょうか・・・?

証になっているといいけど(笑)



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2017年5月6日土曜日

クリスチャンとして生きることを決めた瞬間

少し、私の証をしたいと思います。

私は、
クリスチャンホームに生まれ、
小さい頃から教会に行き、
中二で洗礼を受けました。
が、高校卒業後から28、9歳頃まで
私は信仰を離れ、神に背を向けていました。

演劇の世界でプロになりたくて
その夢を追うことが人生のすべてになっており
お金も時間も精神もそのために尽くしていました。
夢を叶えるために…と、神が嫌がるあらゆることに
足や手を突っ込んでいました。


けれど、その夢の道は閉ざされ
死のうと思うほどの絶望の中、新しい生き方を探した時、
自分が聖書を土台に育てられたことを思い出し
神に立ち返り、悔い改め、神に従って生きること
「クリスチャンという生き方」をすることを心から決心しました。

そんな、私の中での大展開があったとき
実は、お付き合いをしている人がいました。

まだ、付き合いはじめたばかりで、お互いをこれから知っていく
というときでしたが、
もともと結婚願望が強く、年齢も30歳手前だったこともあり
私なりに真剣にお付き合いしておりました。

しかし、私自身が、大きく変わってしまったのです。

その決心をした直後
彼から「日曜日に会おうよ」とメールが来ました。


私は、、、


迷いました。


けれど、もうこの自分には嘘はつけない。この生き方は変えられない。
という、揺るがそうにも動かない何かが胸にありました。


正直にいくしかない、
それでだめだったらしょうがない


そう思って


「日曜日は教会に行って礼拝します。これは私にとってとても大事な時間です。
なので、会うならば午後だったら大丈夫です。」





その日から、彼からの連絡は途絶えました。

そのまま、お別れとなり、関係は終わってしまいました。




自分を打ち明けて、彼が離れて行ったことは
残念でした。

でも、これでいい、と思いました。



「クリスチャンとして生きていく」

このことは、他の何を失ったとしても

手放すことも投げうつこともできない

そのことが、自分の中ではっきりしました。



信仰を取り戻してから、
具体的に婚活をはじめたとき、
私には「クリスチャンの男性との結婚」以外の
選択はありませんでした。




ノンクリスチャンの男性に、
今自分が持っている価値観を受け入れてもらうことが
いかに大変で、
受け容れてもらえなかったときの寂しさ辛さを
体験したから・・・


やっとつかんだ自分の生き方を
暗闇の淵から引き上げられたこの人生を
絶対に二度と手放したくなかったから・・・


信仰をゆるがしたり、あきらめて結婚するくらいなら
信仰を保って一人でいた方がいい
と本気で思ったから・・・



神様は、憐れみ深い方でした。

あんなに神に背を向けていた私を赦し、

もう終わらせてしまおうと思っていた
私の人生を、30歳で変えてくれました。

そしてさらに、勿体無いくらいの恵みをくださいました。

私の生き方を認め、同じような背景をもっているクリスチャンの男性と
結婚へと導いてくださり、

ミニストリーまで召してくださり、
信仰を貫くための環境を与え続けてくださっています。



人は
すべてのものを手にすることはできません。

必ず、何かは失うし、手放さなければならないことがあります。

でも、本当に大事なことは残されるし、整えられると思います。


本当に大事なもの、
たとえば信仰、たとえば愛、たとえば神
これらのものを、手放さなければ
神様は本当に必要なものを与え、祝福してくださると信じています。
今も信じ続けています。



願わくば、
結婚を祈るクリスチャンが、
主にある結婚と、主にある夫婦生活を祈り求め続け、
信仰によって行動をすすめることができるようにと、
そのトライを続けるための霊と力と癒しが注がれるように

心から・・・
本当に心から・・・

祈っています。



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2017年5月4日木曜日

わたしばかりが与えてる・・・

お見合いや、お見合いパーティーで

すごく疲れてしまうことがある…と思うんです。

「疲れた」そして「一緒にいて楽しくない」
そんな声も、聞きます。(けして少なくない)

何が疲れたのか、どう疲れたのかを聞くと

「私ばかりが、話しかけている」
「私ばかりが、聞き役になっている」
「私ばかりが、気を遣っている」

と、感じる・・・という。

こう書くと、
「そんなふうに思う方が、エゴイスティックなんじゃないの?」
と、思われるかもしれないけれど

事実、こう感じてしまうことはあるわけで、
それは、
人間性の問題とか、
性格が悪いとか、そういうことではないと思うんです。

とはいえ、

「私ばかりが・・・」
と感じさせないホスピタリティー抜群の人と
めぐり逢うのを待つべきか・・・
待っていたら、時間はどんどん過ぎ
年はどんどん重なっていく・・・

この問題、どうにか打開できないかな・・・?
と思うのです。

「私ばかりが・・・」
と思ってしまう方も、実は辛いのです。
そう思ってしまうことに、自己嫌悪することもあるし
できるなら、こんな自分を変えたい、と思うでしょう。


これから書くことが、
そのヒントになればと思います。

<ルカ6章31節〜36節>
「自分にしてもらいたいと望むとおり、人にもそのようにしなさい。」

有名な聖句です。
まさしく、自分にしてもらいたいなら、自分がそれを人にしてあげなさい、
“与えなさい”
という言葉です。

「自分を愛するものを愛したからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。罪人たちでさえ、自分を愛する者を愛しています。

自分に良いことをしてくれる者に良いことをしたからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。非人たちでさえ、同じことをしています。

返してもらうつもりで人に貸してやったからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。貸した分を取り返すつもりなら、罪人たちでさえ、罪人たちに貸しています。」

目の前の相手からお返しを期待する・・・
貰ったら返す、受けたら同じだけ返す
結婚式や出産祝いの内祝いだって半返し…とかあるじゃん。
それって常識でしょう?
受けたら返す!
当たり前の考え方でしょう?

でも聖書は、
「それは、普通の人。
でも、あなた=クリスチャンには、そうじゃないことを求めているよ。
私=神の常識は、違うんだよ」

と言っているようです。

「ただ、自分の敵を愛しなさい。彼らによくしてやり、返してもらうことを考えずに貸しなさい。」

これが、神の基準、神の常識、
そして、クリスチャンの基準、常識
のようです。
しかも、これ、イエス様の言葉(山上の垂訓)で、律法の正しい理解を説いているシーンなんです。
ということは、もはや、命令ですね・・・。

でも、納得いかない!

自分を攻めてくるものを一方的に愛するとか、
足りないと感じるものを愛するとか、
相手からお返しが来なくても“よくしてやる”とか
いいことだって思ってても
やっぱり搾取されてる感じがするし
減っていく、欠乏していく感じがあるし
キレイゴトだけど、満たされない!って思うことあるし
だいたい、与え続けたら無くなって
カラカラになっちゃうんじゃないか?

じゃあ、私はどこから補給すればいいの?!

という叫びが、思わずわいてきそうです。


でも神様は、ちゃんと答えを持っています。

「そうすれば、あなたがたの受ける報いはすばらしく、
あなたがたは、いと高き方の子どもになれます。」

報いは、与えた相手からではなく
神様から受ける。しかも、それは素晴らしいもの!

「なぜなら、いと高き方は、恩知らずの悪人にも、あわれみ深いからです。」
いわんや、神に従い与え続けるあなたをや…
ということですね。


つまり、こうです。

あなたは、目の前の人に、見返りなく与える。

与えた報いは、上から来て、上から満たされる。

この循環ループがあるということです。



最近のマクドナルド、
注文・会計と商品提供の場所が別になりましたよね。

以前は、注文してお金払ったらその場所で商品を受け取りました。

今は、注文してお金を払ったら、レシートと控え番号をもらいます。
隣の提供カウンターでその番号の商品を受け取ります。
受け取るものは、ちゃんと注文した内容のものです。

例えば、そんな感じなのかな・・・と。(例えが微妙か・・・?)


つまり、

目の前の、与えた人からは、もともと報いは受けないだろう、と
あとから神様がちゃんと報いはくださる、と

思えばいいのではないでしょうか。

もちろん、目の前の人からもちゃんと返ってきたら
嬉しいし、
それはそれで喜んでいいと思います。

でも、
あなたが与えたことの
正当な報いは上から来る、神様から来る
そういうものだ

と考えるようにしたら

少し苛立ちや疲労感もやわらぐのではないかな・・・
と思うのです。


私ばかりが与えてる感じがする

と、思えた時は

「マクドナルド、マクドナルド・・・」

と思い出してみてください(笑)


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クリスチャンの結婚、婚活、クリスチャンライフなど、
同年代で話したい、でもなかなか話せない、ことを
ゆったりまったり分かち合い、交れたらいいなと思います。

簡単なドリンクとデザートをご用意してお待ちしています。
(差し入れ、大歓迎)

日時:5月27日(土)14:00~16:00(予定)

場所:北方キリスト教会別館<しおん館>
(岐阜県本巣郡北方町芝原東町1-10)
電車でお越しの方は、JR穂積駅へ送迎します。事前にご連絡下さい。

参加者:20〜50歳くらいまで独身クリスチャンの方、求道中の方、カップルの方、既婚クリスチャンの方、
是非お越しください♪

参加費:500円

お申込みはこちらから↓
https://ws.formzu.net/fgen/S2250328/

2017年5月2日火曜日

結婚を祈るクリスチャンのマインドセット

今年に入ってから、
ブログをコンスタントに書いています。

そして、内容も
「こうするといい」「ああすると成功する」
といったことではなく
もっと精神的なこと、内面的なこと、
クリスチャンとしてのスタンス・・・
そういうものを書くようになりました。


特に出会に苦労することもなく結婚に導かれる人もいます。
こうすると良いと言われる方法をやってみて結婚に導かれる人もいます。
そして、
出会に苦労し、やっと出会ってもうまくいかず、
こうすると良いと言われる方法をやってみるもうまくいかない
という人もいます。


なんだか納得いかないですよね。

どうして
結婚に導かれないんだろう?

そうモンモンとしている
あるいは心傷つき落ち込んでいる
結婚を祈るクリスチャンの方と
出会うことがあります。


すんなりと、思った様に
結婚に導かれないのはなぜだろう


信仰がうすいから?

人間としてだめだから?

過去のキズや失敗のため?

なにか神の罰をうけているのか?

やっぱり、私が、ダメな人間だからだろうか?


自己嫌悪と自意識で
婚活はどんどん辛くなっていきます。



けれど、

私は思うのです。


今すんなりと結婚に導かれないのは

神様がその人を「今」育てようとしているから、だ

と。


結婚する前に
クリスチャンとして一つ成長させ
神様との信頼関係を強くし
クリスチャン的メンタルを育て
結婚後に与えようとしている「何か」に
備えようとしているんじゃないか

と。

クリスチャン的メンタル
つまり、神との信頼は
運動や肉体訓練のようなフィジカルなものでは鍛えられません。
修行すればいいわけではないのです。


神を知ること
神とともに生きるとはどういうことなのか
自分はクリスチャンとしてどこに向かうのか
どんなスタンスを持って生きるのか

そういった
「マインドセット」
をし直してみる、ことだと思ったのです。


どんな方法論も、
それに取り組むマインドが整っていなければ
手を付けることもできないし
その方法の効果も正しく発揮されないと思うのです。


クリスチャンとして、
結婚を祈り求めるものとして
これから結婚生活を送るものとしての
マインドとは
どういうものか。

もちろん、マインドが、結婚してから育てられる人もいると思います。

でも、もし、今機会がきているのなら
今、考えてみて、セットしてみてもいいんじゃないでしょうか。

マインドセットは一生活きてくるものです。

私も、婚活の時に
経験し、祈り考え、自分の見るベクトル、ものの考え方
神様との関係というのを
すごく考えさせられたし、変えられたな、という実感があります。

今思えば、それは「マインドセット」だったのかもしれない。

そのマインドは今もすごく影響していて
あのとき、人生の視点が変わらなければ
今の旦那さんと出会えてなかったし、結婚してなかったろうし
今こんなに幸せな生活を送ることも
今いろんな試練を乗り越えることも
できなかったろうな、と思います。


行き詰まったのなら
方向を変える!
スタンスを変える!

それは、行動だけでなく「マインド」も
変える!!

いつか、もっと詳しく
結婚を祈るクリスチャンのマインドセットについて
整理して書いてみたいと思います。



=お知らせ=

CCM交わり会を開催します。

20〜50歳くらいまでの若き(?)クリスチャンの集いです。

クリスチャンの結婚、婚活、クリスチャンライフなど、
同年代で話したい、でもなかなか話せない、ことを
ゆったりまったり分かち合い、交れたらいいなと思います。

簡単なドリンクとデザートをご用意してお待ちしています。
(差し入れ、大歓迎)

日時:5月27日(土)14:00~16:00(予定)

場所:北方キリスト教会別館<しおん館>
(岐阜県本巣郡北方町芝原東町1-10)
電車でお越しの方は、JR穂積駅へ送迎します。事前にご連絡下さい。

参加者:20〜50歳くらいまで独身クリスチャンの方、求道中の方、カップルの方、既婚クリスチャンの方、
是非お越しください♪

参加費:500円

お申込みはこちらから↓
https://ws.formzu.net/fgen/S2250328/